act.1
好きになったんはいつやったか覚えてない。
でも好きだと気づいた時、名字はもう部長の彼女やった。
けれど、それももう過去の話。
今では名字は部長と別れた。
「財前」
今にも泣きそうで壊れそうな顔して俺の家を訪ねてきた。
そんなに部長が好きなんや。
他の女へ心変わりされても諦められないほどに。
それでも別れて、部長の幸せを願う名字はすごく大人やと思う。
俺やったら好きな女を譲るなんてできないし、しようとも思わない。
名字が部長の彼女だった時やって何回奪おうと思ったことか。
それでもその気持ちを抑えれたんは名字が笑ってたから。
俺の好きな笑顔があったから。
「なんやねん、そんな顔して」
「これで良かったんだよね」
見上げる瞳は涙で潤み、きっと彼女は俺をはっきりとはとらえられてない。
それでも優しくできないのは俺の性格故や。
「自分で決めたことやろ」
「うん…」
溜まった涙を流すまいとこらえて、下唇を噛む。
名字は強い女やと思う。
前に進もうと思うんは難しいはずなのに。
泣くこともせんで、堪えて堪えて、前に進もうとしとる。
でも今くらい泣いたってええやんか。
俺に、弱いところを見せて欲しい。
好きやから。守りたいと思うから。
苦しいなら助けてやりたい。
それが例え一時的であったとしても。
「見いひんから泣き。今だけ胸貸したる」
引き寄せて抱きしめて、俺の腕の中に収める。
名字は静かに泣き始めた。
俺の服を握り締めて、静かに静かに泣き続けた。
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