ささやかな悪戯
大学を出る時、卒業と共に司書の資格を取得することができた。就職先
も決まって、これで私も念願の司書だ。
小さい頃から本が大好きで、大きくなったら本に囲まれて生活したいと思っていた。そんな幼い私が、"図書館のお姉さん"になりたいと言うのにそう時間はかからなかった。
新社会人となって勤め始めた図書館は少し大きめ。5階まであって分野ごとに各階の各場所にたくさんの蔵書が収められている。私の担当は日本文学で、古典作品から最近の文庫まで幅広く置いている。
そんな本たちが並ぶ棚によくいる男の子がいる。
制服姿にテニス部とかバドミントン部がよく持っているあの大きな鞄で来るから恐らく高校生だ。
酷く綺麗で落ち着いた雰囲気を纏う男の子。高身長にきめ細かな肌、つやつやの黒髪。そして何より整った顔立ち。もし女の子なら大和撫子とでも言いたいところだけど、彼は男の子だ。でも本当にそれくらい綺麗で洗練されていて、美しい。簡単に言うならイケメンと言えるんだろうけど、その言葉でさえとても陳腐に感じてしまう。
平日滅多に来ない彼は土日に来ることが多い。土日に来る時もいつも制服なんだ。今まで彼の私服姿を見たことはない。
「すみません、これお願いします」
「はい。カードはお持ちですか?」
今日は土曜日。彼がよく現れる日だ。だから本棚を気にしていたら貸出の利用者が来て意識を戻す。
いつもだいたい同じ時間に来るんだ。午後2時くらいに。そしてまっすぐ文庫の棚に向かって何冊か手にとって、読書スペースでそれを読む。閉館時間を迎える直前に、何冊かを借りて帰っていく。それがお決まりの行動だ。
「返却期限の紙挟んでおきますね。ありがとうございました」
慌てて謝ると利用者はそのまま帰って行った。
そろそろ来る時間なのにあの子は来ない。ちらちらと本棚を気にしながら時間が過ぎていく。
結局そのまま閉館の時間を迎えて、最後の利用者が帰ると、司書の私達は閉館作業を始める。
「わっ」
1階の入り口に閉館のカードを出すためにエレベーターで降りる。
エレベーターが開いた瞬間、目の前に深い緑色の壁が現れた。誰もいないと思い込んでエレベーターから踏み出そうとしたから思わず声を出してしまった。
「すまない」
低く落ち着いた声が降ってきて、目の前の壁が横にずれた。私が降りるのを待っているようで、私もすみませんとお礼を言ってエレベーターを出た。
ん?エレベーターに乗っても行けるのは図書館だけで、もう閉館だ。それを伝えようとして壁を見上げるとそこにある顔はあの男の子のものだった。
「あっ!」
「ん?ああ、3階の司書さん」
低く、心地の良い声が降り注ぐ。私からしたら高校生なんて子供なのに、それでもそんなことを感じさせないくらいの落ち着き様。これで彼が制服でなかったなら、同年代くらいに見ていたと思う。
「すみません、もう閉館時間なので」
それを伝えると彼は左腕にある腕時計を確認して、「そうか」と呟いた。
「貸出は間に合わなくとも返却だけはと思って来たんだがな」
私に言うのではなく、独り言のように言ってはぁっと溜息をついた。その姿がやけに艷めいて見える。年下の男の子だとわかっているというのに思わずドキッとしてしまった。
「返却でしたら閉館後でも返却ボックスに入れていただければ大丈夫なのでいつでも平気ですよ」
原因不明の緊張がバレないように、問い合わせに対する決まり文句ともとれるような言葉を向けた。笑顔を貼り付けはしたものの緊張で固くなってしまう。
「いや」
彼はちらりとドアの横にある返却ボックスに目をやってから、否定の言葉を続けた。
「それでは貴女に会えない」
「……へ?」
思いがけない言葉が聞こえて私は頭の中で反芻した。
あなたに、会えない。
それはつまり私に会いたい、ということだろうか。いやいやないない。だって私は一介の司書で特段彼と話したことがあるわけでもない。唯一ある接点といえば、貸出処理をした時くらいだ。
「部活が長引いて今日は会えないと思っていたが、運が良かったようだな」
ほっとしたような微笑みを浮かべて、また言葉を続ける。ずっと私をその高い位置にある目から見下ろしている。
「本が好きだから来ているのは勿論だが、あそこに行けば貴女にも会える」
まさか高校生の男の子にそんな口説いているかのような言葉を言われて私は返答出来ずにいた。少なくとも5つは下だろう男の子にこんなにドキドキさせられるなんて思わなくて、予想外すぎて思考が止まる。
「あの…私……」
「ふっ、なんてな」
そこで初めて彼から高校生らしさを感じた。大人びた雰囲気から一転して少年のような笑みを見せた。
ああ、なんだ、こんな年下にからかわれたのか。そんな情けなさを感じたけれど。
それと同時に何となく残念な気もしてしまうのは何故だろう。
「また来週来ることにする。ではな、名字さん」
最後に私の名前を呼んで、返却をせずに背を向けた。きっと名札を見て覚えてくれたんだ。特別な感情などなくても、彼は図書館の常連さんだから。
「あの!名前!君の名前は?」
図書館から離れていく背中に慌てて大きな声で声をかけた。その声に振り向いて再び大人びた笑顔で名乗った。
「柳蓮二だ」
それだけ言ってもう振り向くことなく歩いて行った。
今度会う時はもっと話せるだろうか。もっと君のことを知れるだろうか。こんなにも土曜日の14時が楽しみに感じるのは、どうしてなんだろう。
「不思議な人…」
ただわかるのは。
私の中で柳君が、単なる高校生の男の子からちょっと気になる男の人になったこと。
平山様、リクエストありがとうございました!
いやまぁ柳が来た瞬間あなたが誰かなんて一瞬でわかりましたけどね!内容は全くリクエスト通りではございませんが、許してくれるよね?(いいともー!)
ということで、久しぶりの柳夢を書かせていただきましたが、相変わらずなかなかキャラが出てこなくて謎な話になりましたね。すみません。
これからもお暇な時間に試書に足を運んでいただけたら嬉しいです。
2014.5.6 由宇
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