食べてしまいたいくらい、好き

幼馴染みっていうのはイマイチ曖昧な関係だと思う。

家族ではない。でもそれに等しいくらい近いこともある。

幼かった頃、一緒に遊んで、一緒に笑って、時には喧嘩もして。そうやって成長をして思春期を迎える。異性の幼馴染みなんてものはよくそこですれ違うものなのかもしれないけれど、私たちはそんなこともなかった。


学生服を身に纏うようになった今だって一緒に登校するし、休日に二人で遊びに行くこともある。手を繋いだりだなんてことさえなくなったものの、お互いのパーソナルスペースに入り込んだところで不快に思うことはない。

私と光はそんな関係。幼馴染み。でも家族と同じくらい近しい存在。勿論、恋人ではない。

私がただ勝手に想いを抱いているとしても。生まれてからずっと変わらない関係を変えられるなんて思っていない。



「名前ちゃん」

「あ、白石先輩。こんにちは」



白石先輩とは光繋がりで知り合った。初めて会った頃は、私たちがよく一緒にいたから付き合ってるのかって聞かれたっけな。光はそれをあっさり否定したし、私もただ笑ってた。

心の中では泣きそうだったけれど。

光は私を一度も、一ミリも、そんな対象には見たことはないってことだから。



「今日も可愛ええな」

「白石先輩も相変わらずのかっこよさですよー」



このイケメンな先輩にこんなことを言われるのは慣れてしまった。本気かどうかわからないにしても、私をそういう対象としてるわけではなくて、明らかに妹のように接しているから。

本人にも実際に妹がいるらしくて私とよく比較しては、こんな女の子やったらなんて笑ってる。どうやら妹さんは白石先輩からするとお転婆さんらしい。私も特別お淑やかな訳ではないと思うけど。



「部長、名前と遊んどらんでさっさと部活行きますよ」



私たちの横をすっと通り抜けて行く光。白石先輩に目を向けるだけで、私のことなんてちらっとしか見ない。そんなの慣れてるけど、本当は寂しい。好きだから。



「名前ちゃん、」

「白石先輩!ほら、光が読んでますよ!早く行かなきゃ!」



何かを言いかけた白石先輩の背中をぐいぐい押して、無理矢理に笑顔を作る。

いいの、私は。例えば光に彼女が出来ても、私は光の近い存在であることには変わりないから。それで大丈夫だから。白石先輩まで悲しい顔をしないで。


私の頭の上に大きな手を置いて、わしゃっと撫でた。白石先輩は本当のお兄ちゃんみたいで、温かい。



「そないな顔せんとき。あいつも素直やないだけやし」



にこりと笑って、走って部活へと言ってしまう。


光が素直じゃないなんてわかってる。生まれた時からずっと一緒だもん。でも白石先輩の言ってることは的外れなんだよ。素直であってもなくても、光の気持ちは私には向かない。白石先輩とあんなに仲良くしててもやきもちだって妬かないし、何も言ってこない。ずっと私の片想いなんだよ。



『部活終わるまで待ってろ。善哉食いに行くで』



メール受信を知らせるスマホを握り締めて、力なく笑う。


こうやってメールをくれるのは特別だからじゃないんだよね。家族みたいなものだから誘ってくれるんだよね。それでも、私は嬉しいよ。一緒にいれるだけで。










「珍しいね、何かあったの?」

「別に」



部活が終わるまで私を待たせてまで、どこかに誘うのはそうそうあることじゃない。休みの日とか時間が合えば二人で出かけたりもするけど、お互いにわざわざ相手を待たせたりなんて滅多にしない。



「名前は?」

「え?」

「何かあったんやろ?部長と話しとる時、何や暗い顔しとったやん」



善哉をスプーンで掬いながら光は私をちらりと見る。

見られてたんだ。光の気持ちが私にはないってことを改めて思い知らされてしょんぼりしてたところ。何か、なんてその本人に言えるわけ無いのに。



「何でもないよー!それより善哉美味しいね!」



少しわざとらしく明るく振舞って私も善哉を口に運ぶ。甘い餡子が口の中で溶けて消えていく。こんな風に私の気持ちも消えちゃえばいいのに。そしたらただ楽しく光といれるのに。



「何もないわけないやろ。部長には言えて俺には言われへんことなん?」

「や、ほんとに、何にもないんだって…」



光の鋭い視線に思わず言葉が引っかかる。


言えない。君が好きで、君の態度に落ち込んでいた。なんて。



「はぐらかすなや。好きな女が悩んどるかどうかなんて俺やってわかるわ」

「……え?」



イライラとした光は正直いつまで経っても怖い。けど、今はそんなことよりも光の言葉に私の神経は持っていかれた。

今、好きな女って言った?それは誰のこと?私、であってる…?それとも都合のいい私の聞き間違い?

早う言えって答えを催促するけど、私はもうそれどころじゃない。



「その、光は、私が白石先輩と話してるの、嫌じゃない……?」

「は?」



目を見て言うことは出来ずに、思わず目を逸らす。更に言葉は尻すぼみ。なんなら最後まで聞こえたかも怪しい。光の反応は、聞こえないっていう意味なのか、それとも意味がわからないって意味なのか。私としては前者であって欲しい。



「何で俺が部長に妬かなあかんねん」



ああ、聞こえてたんだ。そしてやっはりさっきの好きな女発言は私じゃないのかな。だってやきもちなんて妬かないって本人が言っているし。



「アホ」

「いった…!」



光の指が私の額を弾く。デコピンっていうのは存外痛いもので私は光を睨む。何で今デコピンされたの。めっちゃ痛いんだけど。



「部長も自分もお互い明らかに兄妹かなんかにしか見とらんやろ。そんなん妬くのもアホらしいわ。無駄や、無駄」



善哉を食べ終わったのか、頬杖をついて呆れた顔で私を見遣る。そしてくすっと笑った。それはいつものにやりとした笑顔じゃない。普段見せることのない純粋な優しい笑顔。



「それに、俺は交友関係縛り付けて名前の笑顔奪うつもりなんてないわ。そない心狭い男ちゃう」

「ねぇ、光…?」



聞いても、いいのかな。こんなに優しい瞳を向けられて、私の心は耐えきれないよ。幼馴染みっていう関係が崩れてしまうのは怖いけど、でももう止まっていられる気もしない。



「光は私のこと…好き?」



期待半分、不安半分。ううん、不安の方が大きいかもしれない。それでも私は聞きたかった。たとえ幼馴染みっていう関係が壊れてしまうことになっても。



「…善哉と同じくらいやな」



今度はにやっと笑って、私の頬に手を伸ばした。体温の低い光の手は冷たくて、火照った私の体温を吸収していく。


それから親指で私の頬を撫でて、甘い甘い言葉を吐いたんだ。


「 」





由羅様、リクエストありがとうございました!

遅くなって申し訳ありません。
そして、白石をどこまで絡ませたらいいのかとても悩みました。こんなんで大丈夫でしょうか…。
一応最後の文の後に、タイトルの言葉を入れていただければ少しは甘くなるんじゃないかと。
ただの嫉妬じゃなくて理解のある人って素敵だなと思いました。幼馴染みでよく彼女を見ているからこそかもしれないです。

また是非試書に遊びにいらしてください!

2014/12/31 由宇


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