時間と距離

高校に進学した時に、うちは東京に来た。


親の仕事やからしゃあない。一人大阪に残ることは高校生のうちには不可能。そうわかっとっても、行きたくなかった。頭ではわかっとる。せやけど心はついていかんかった。

うちが東京に行くっちゅうことは、蔵先輩と離れることを意味したから。


蔵先輩の中学の卒業式でうちから告白した。自分も好きやったって言うてくれて、うちらは付き合い始めた。けど、一年たった頃に大阪と東京に離れ離れになってしまった。高校生なんて簡単にその距離を行き来できるわけもなく、長期休暇でさえなかなか会われへんかった。



あれから二年。

うちらの恋人関係は三年を終えて、四年目に入った。決して近くない距離での恋人関係。自分でもよう続いとると思う。お互い不安もあったやろうし、喧嘩も時々した。でもうちらは連絡を取り合って、言葉を伝えあった。

距離が遠いから、言葉にすることは尚更大事なことなんや。顔が見えないから、触れることができひんから、電話やメールでちゃんと言葉にすることが大切。求めてばかりやったら何も得られない。

寂しかったら寂しいて言う。会いたかったら会いたいて言う。隠し事はしない。遠慮もしない。


それがうちらの小さくて大きな約束。



「名前、やっと会えた」

「………ええっ!?」



そのはずやったんに我が家にいきなり訪ねてきた蔵先輩。親に彼氏が来たと言われて何のことやろうと思たら、ほんまに彼氏である蔵先輩やった。

相変わらずの爽やかオーラを振りまいて、うちの大好きな笑顔でそこに立っとった。



「ななな何で、おるん?連絡もらってへんよね?あれ?」



不測の事態に慌てて、蔵先輩に捲し立てる。こっちに来るときも、あっちに行く時も、うちらは必ず連絡をとっとった。修学旅行で京都に行く時も、会えへんってわかってたけど一応連絡入れたくらいや。せやのに何で連絡なしに東京に来てん。



「俺、東京に住むんや」

「………は?」



突然の東京に住む宣言を受けてうちは固まる。

せやって言うてる意味がわからへん。東京に住む?生まれてずっと大阪で生きてきたやろう蔵先輩が何でいきなり東京に住むことになったんや。何も聞いてない。



「春から東京の大学に通うんや」



夢かと思うほどの嬉しい知らせを、はっきりと言った。冗談なら、早うそう言うて欲しい。そう思ったくらいなのに、それは嘘のような本当のこと。



「ほんまに!?ほんまなん!?」

「ほんまやで。これからはいつでも名前に会える」



ふわりと笑う蔵先輩の笑顔はうちが一番好きな表情。そのまま腕をぐいと引かれて、鍛えられた胸板に頬が当たった。触れ合う体温と、とくんとくんと鳴る鼓動に、夢やないんやと確認させられた。



「ど、どこの大学なん?」



その言葉に返ってきた大学名はかなりのトップクラス。うちなんかやったら到底狙えそうもない。今の成績やと、本気で今から勉強しても合格できるかどうか微妙なくらいや。蔵先輩が頭ええんは知っとったけど、そんな難関校に受かるなんて。



「俺、もう離れ離れは嫌やねん」

「え…?」



抱きしめられたまま、耳元で聞こえる声はどこか楽しそう。顔が見えんくても、三年も付き合っとったらわかる。この声はうちにとって良くないことを言われるとき。



「せやから名前」



肩を押されてうちらの間に距離ができる。両肩に手を置かれたまま、視線を合わされた。



「一年や」



にこりと不敵な笑みを浮かべて蔵先輩は綺麗な形の唇からとんでもないことを言い出す。長く細い人差し指をぴんと立てて笑顔を崩さない。意味がわからんくて、その指を見つめる。



「俺を追って同じ大学に来て」

「え?だって、超難関大学やんか」



うちの学力なんかで手の届くレベルやない。うちはせいぜい中堅大学を受験できるレベルや。当然うちの学力を知らんわけないのに。



「俺、もう離れとんのは嫌やねん」



もう一度抱きしめられてうちの頭は大混乱。突然現れた遠距離恋愛中の彼氏。そしてその彼氏からの驚きの知らせ。更にうちにもあんなレベルの高い大学を目指せやなんて。



「あと一年だけ。それ以上はもう待てへん。待ちたない」



ぎゅうっと腕に力を込められて、うちも思わず蔵先輩の広い背中に腕を回す。


うちやって、もう離れたくなんかない。こうやってやっと近づけたから。この体温を、声を、愛を、いつだって感じてたい。



「手伝うから。勉強やって教える。せやから頑張って欲しい」



この日からうちの猛勉強の日々が始まって、休む間もなく机に向かった。

模試の結果にめげそうになっても、わからない問題にぶち当たっても、どんな時も傍に居ってくれるんは蔵先輩。自分やって大学の課題とかテニスの練習とかあるはずやのに。できる限りの時間をうちに割いてくれて、一緒に頑張ってくれる。


付き合って一年目。うちらには中学と高校という距離があった。

二年目と三年目。大阪と東京に離れ離れになった。

そして四年目。白石先輩は東京の大学に来てくれた。うちが頑張れば、来年はきっといつでも一緒におれるんや。



合格発表の掲示板の前で嬉し涙を流すのは、もう少し先の話。



「おめでとう」



その言葉と、貴方の優しい笑顔と共に。




迷い込んだ熊様、リクエストありがとうございました!

うちの白石を好きでいてくれてありがとうございます。私の中で白石は優しさの塊なので、そんな彼を好きでいてくださる方がいらして嬉しいです(///_///)
最近、白石を書いていなかったのですが、やはりいいですね。この機会をいただけて嬉しいです。

そして、一言お詫びを。
大学生白石のはずが大学生になる一歩手前で書いてしまいました。申し訳ありません。

また是非試書にいらしてください!

2014/12/27 由宇

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