第一歩

例えば、おはようとかそんな言葉だって私には難しいもの。

クラスメイトと言っても、話したことは数えられる程しかないし、それも挨拶だったり事務連絡だったり。それでも私は今この状況が嫌いじゃない。嫌いになんてなれるわけ無い。だっていつだって大好きな財前君を見れるんだから。



一年生の時、流れで緑化委員会という委員になってしまった。校内にある花壇の水やりが主な仕事。週に一度回ってくるちょっぴり面倒な係だと思う。当然私も花壇の水やりは少し面倒くさい。けれど、その時に見つけてしまったの。私が、こうして緑化委員でありたい理由。



「財前、もっとちゃんと走らなあかんで」

「謙也さんと違って俺はアホみたいに早う走ればええと思ってないんスわ」



花壇に水遣りをしていた私の後ろを駆け抜けていった風。その風に乗って聞こえた、声変わりをした少し低めの声。振り返れば、黄色と緑のジャージ。背中には四天宝寺とプリントされている。一目で何部なのかとかはわからなくてその時は何気なく頑張ってるなとしか思わなかった。


でも、何度も見かけるうちにそれがテニス部で、うちのテニス部が強豪で、同級生にすごい強い人がいるっていうのを知った。


その同級生が財前光君。私が好きになった男の子。


部活を頑張る姿とか、時折見せる笑顔とか。そしてぶっきら棒そうなのに、意外と友達思いで優しいところとか。財前君には素敵なところがたくさんあって、気づいたら目で追ってた。好きだって思った。



それが一年生の時。もう一年も前だ。



「名字」

「ひゃあああっ」



ほぼ空になったじょうろを持ったまま、突然の呼びかけに声を上げる。普通ならそんなに驚かないんだろうけど、私が思考を飛ばしていたから人の気配に気づかなかった。しかもその声が、私の好きな人の声だったから尚更。



「何や、そない奇声あげて」

「え、いや、何でもないです!それより、財前君は、どうしたの?」



突然のことにスムーズに話せない。だって、財前君から話しかけてくるなんてこと今まで一度もなかったし、大した話もしたことないんだもん。緊張する。



「別に。休憩やから水の補給しにな」

「そ、そっか!暑い中テニス部は大変だねっ…」



真夏の炎天下の日差しの中、うちの強豪のテニス部は何時間も汗だくで走り回っている。それこそ倒れてしまうんじゃないかってくらいに。こまめに水分補給をしているんだろうけれど、それでもこの暑さだから心配だ。



「全国制覇のため、やからな」



ぎゅっと握り締めた手と、真剣な眼差しに思わず私は見とれる。

いつもとてもクールな人なのに、こうしてやっぱり熱くなることがあるんだ。表には見せないけれど、内なる炎を燃やしてそして一歩先へと進んでいく。どんなに上手いと言われようと、財前君に慢心なんてものはないんだ。



「それより自分、顔赤いで」

「へ?」



ずいっと近づかれて、一気に距離が近づく。私の顔をのぞき込んで、まじまじと見るんだ。

こんなに近くで財前君の顔を見たことは一度もない。だから私は、ただでさえ声をかけてくれたことに赤くなっていただろうに、更にその赤みを増した。鏡でもなければ自分で顔を見ることはできないだろうけど、確信が持てる。私の顔はきっと今ものすごく赤い。



「暑くても、自分の当番やない時でも、花を気にしとるんは偉いとは思うけど。自分のことも気にせえよ」



どうして、私が当番じゃない時も花の様子を見に来ているのを知っているんだろう。

最初は財前君を見たくてやっていた緑化委員も、二年目にもなれば花壇の様子が気になるようになった。だから時間があると、たまに花壇に来ていた。それを何故財前君が知っているんだろう。



「あの、どうして当番じゃない時も来てるの知ってるの?」



私の当然の疑問を聞いて、財前君ははっとする。切れ長の目をまん丸して大きく息を吸ったのが聞こえた。



「べ、つに。コートからたまたま見えとっただけや」



目をそらしてほんの少し顔を赤くした。ように見えた。


たまたまでも、すごく嬉しい。だって私を見つけてくれたってことだから。



「ほら」

「え…っきゃ」



片手をズボンのポケットに入れたまま、もう片方に持っていたペットボトルを私の頬に当てた。まさかのことと、ペットボトルの冷たさに思わず声をあげた。財前君は満足そうにそれを見て笑った。



「はっ、自分さっきから驚きすぎや。それやるからあんま頑張りすぎんなや」



冷たいペットボトルを私の手に押し付けてそのまま方向転換した。走ってテニスコートに戻っていく後ろ姿を目で追う。


ちょっとくらい、自意識過剰になってもいいのかな。見ていてくれたって思っていいのかな。


私の体温を吸収する、手の中のペットボトルに目を遣る。これは、財前君が私を気にしてくれていた証。そう、思ってもいいよね。



「ありがとう、財前君」



財前君にもらったペットボトルを、大事に大事に両手で胸に抱きしめた。




あんみつ様、リクエストありがとうございました!

甘酸っぱい、というのはなかなか難しいですね。今後のこの二人の接近に期待したいと思います。恐らく財前も気になってるはず、なんて。

コメントでせっかく「虚ろ」を褒めて頂いているのに、更新できなくてすみません。もう最後に更新したのがいつのことやら…。申し訳ないです。

またお時間の許す時にでも、試書にいらしてください。

2014/12/24 由宇

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