関係の再構築

昔の方がよかったのにって思う。だってあの頃は普通に名前で呼べたし、普通に触れ合えた。今ではもう、そう簡単にはできないこと。


光くん 。名前。そう呼びあっていたのが遥か昔のような気さえしてきてしまうのは、他人のような関係が普通になってしまったからかな。

私たちの間に特筆して何かあったわけじゃない。例えば冷やかされたりだとか噂されたりだとか、そんなものもなかった。けれど昔のように一緒にいることができないのはきっと年を重ねたから。



「ははっ、自分アホやろ」



同じクラスにいるのに声をかけられない。遠くでああやってクラスメイトと談笑する財前君を毎日ちらりと見ては、知らんふりをする。だって見ていたら苦しいから。ずっと昔からの大好きな気持ちが、蓋をして鍵をかけた箱から飛び出してしまいそうになる。


いつからこんな関係になってしまったのか。どちらからともなくお互いを幼馴染みだと言わなくなったのは中学に上がってからだったと思う。

成長を経て妙な照れもあったし、何より財前君がテニス部に入って人気が出始めたから。"クールで天才的にテニスが上手い新入生"として財前君は同級生だけでなく、先輩たちの間でも噂になっていた。加えてあのルックス。モテないはずはない。

そんな財前君といられないことは私には少しだけ寂しかった。私にとってはかっこよくて大好きな幼馴染みなのに、皆の人気者で、何だか遠くなってしまった存在。一緒に登下校をすることもなくなったあの頃から、私たちの間に距離ができ始めた。


財前君。名字。そう呼ぶようになって、終いには呼び合うこともなくなった。幼馴染みという見えない関係が消えてしまったかのように。



「財前君のことが、好きです。付き合ってください」



なんて私が言うわけはない。勿論これは偶然に遭遇した告白現場。財前君のお相手は隣のクラスの女の子。そしてここは放課後の教室。忘れ物を取りに来たらこんな場面ってなんて運がないんだろう。何で部活のはずの財前君がいるのとか、いくら今は人気がないとは言えもっと誰も来なそうなところでやってよとか疑問、苦情はいくつかあるけれど。そんなものはどうでも良い。ただ財前君の応えが気になって、思わずドアの前で息を潜めた。


財前君の声は女の子より遥かに低くて何て答えたのか聞き取れなかったけれど、付き合うことがないのはわかってる。だって財前君は女の子を鬱陶しいと思ってるから。大方、テニスで忙しいとかなんとか適当な理由つけて断ってるんだろう。


ガタガタと音がして私が立っているドアとは反対にあるドアが空いて、女の子が走り出ていった。フラれたショックでか私には気づかないまま。



その子の走り去る背中を見つめて、そこに自分を重ねた。

きっと、私が告白しても同じ結果が見えてる。解消されてしまったかのような幼馴染みという関係もきっと、本当に跡形もなく消えてしまう。



「へぇ、盗み聞きなんて自分趣味悪いんやな」



そんな一声ではっとした。ぼーっと意識を飛ばしていたから、ドアが突然開いても動くことができなかった。というかそもそもこんなところに隠れるところないけれど。

綺麗な顔で、でも冷たい表情で見下ろされて更に身動きが取れなくなる。言い訳なんて思いつかないし、暑くもないのに汗が出る。それは久しぶりに言葉を交わした緊張か、それとも悪いことを見つかったときのような焦りか。それとも、両方か。



「…違うよ。忘れ物しちゃって取りに来たら偶然で聞こえちゃったの。すぐ帰るね」



ドアに立ちはだかる財前君の横をすり抜けて、自分の席に向かう。出来るだけ目を合わせないように、お目当てのノートを机から取り出した。パラパラと中身を見て、宿題に使うものであることを確認する。



「そんなんのために戻ってきたん?」



まさか財前君から声をかけられるとは思わなくて思わずびくりと身体が飛び跳ねた。しかもやけに近くから声が聞こえると思えば、さっきまでドア付近にいた筈の財前君が私のすぐ隣にいた。のぞき込むようにして私のノートを見る財前君との距離は、近い。



「宿題に、使うから…。おっちょこちょいだよね、ははっ……」



緊張を紛らわそうと無理矢理笑ったけど、明らかにその笑いは不自然。とは言ってもまさかまたこんなに近い距離で財前君と話すことがあろうとは思わなくて、心臓がバクバクと動きを早めた。



「ほんま昔から変わらへんな。少しは成長せぇよ」

「え、」

「ノートくらい見せてやったんに。家隣なんやから」



これは、夢?

そう思うくらい私の中ではありえないこと。財前君がこうして昔のことを話すのも、ノートを見せてくれるという優しさを示してくれるのも。私が自分の幼馴染みだなんてことなかったことにでもしてるんじゃないかって思ってたから。



「っざ、い前君に迷惑なんてかけられないよ」



ノートを鞄に直して距離をとる。だめ、だめだめ、近づいちゃだめ。好きだと思ってしまう。それこそ彼にとっては迷惑な感情でしかないはず。早く、離れなきゃ。



「……なぁ、名字」



ほらやっぱり。財前君は私を名字で呼ぶ。もう、幼馴染みなんていう関係は私たちにはないのだから。



「俺が、幼馴染みやめた理由わかっとる?」



逃げ腰になって、その場を離れようとした私の腕を財前君が捉えた。大きな手は私の腕をいとも簡単に一周している。引き止められて離れることが出来なくなっただけでなく、触れられたところがやけに熱く感じた。


どうして今更そんなことを聞くのか。わかってた。幼馴染みという関係はもうすでに消滅していたこと。認めたくなくて、なくなってしまいそうだなんて思っていたのは私だけ。財前君の中ではもう既にそんなカテゴリーはなくなっている。



「……もう、幼馴染み、じゃないよ。私達はただのクラスメイト」



ずっと認めたくなかった事実を、あえて言葉にした。理由なんか知らない。知りたくない。事実だけでもう既に私の心はズタズタなんだ。



「ちゃう」



ぐいっと腕を引っ張られて痛みを感じる。それでも私は振り向かずに俯き続ける。今顔を見たら泣きそうだから。



「ただのクラスメイトなわけないやろ。いつから俺が見とると思っとんねん、アホ」



頬を大きな手で覆われて上を向かされる。きっと私の目には涙がたくさん溜まってるんだ。その証拠に財前君の顔がぼやけて見えない。



「……好きや。遠回りしてもうたけど」

「っ!!」



ついに私の瞳から雫がこぼれ落ちた。それを財前君は親指で受け止めた。それからいつにもまして綺麗で、真剣な顔をして私に問うた。



「付き合うやろ、名前?」



声が出ない私は、その言葉に壊れたおもちゃのようにこくこくと何度も頷いた。そんな私を見て笑った財前君は昔と変わらない純粋な笑顔だった。





藤枝詩杏様、リクエストありがとうございました!

いつも通ってくれてありがとう。Twitterでも話しかけてくれるし、私には勿体無いような褒め言葉をくれるから照れを隠せません(´▽`)
リクエストの切ないというのが書けたか微妙なところだし、少し普段より長いし、ちょっとありがちなお話な気もするけれど、精一杯でした…。

これからも暇があったら見に来てやってね。

2014/10/12 由宇

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