言葉にしないだけで

財前先輩は正直言って、冷たい。うちがどんなに話しかけても適当に流したり無視したりするし、そもそも聞いてへん時もある。

せやけど、別にそれは意図しとるわけやなくて、あの人にとってそれが普通。うちはそんなことわかっとんねん。



「一年はコート外で基礎トレ。終わった奴から空きコートで打ってええ。二年は各コートに分かれて…」



最近になって部活は見に来るなって言われるようになったけど、こうしてたまにこっそり見に来る。財前先輩はいつやってかっこええけど、やっぱりテニスをしとる時が一番かっこええから。


三年生が引退して、何から何まで完璧やと有名な白石先輩から部長を引き継いだらしい。正直部長なんてなりたなかった言うてたけど、なんだかんだ責任感のある人やから、今もこうして立派に部長を務めとる。



「ほな、各自分かれや。それと名字、バレとるから早う出てこい」



部員への指示を出し終わった後に向けられた鋭い視線。

あかん、多分怒っとる。約束守らんで部活見学しにきとったから。



「…財前先輩、あの」

「自分は教室で待っとけ」



何か言い訳をしようにも、冷たく言い放ってうちから視線を外す。こういう時はもう何をやっても無駄なんはわかっとる。いいつけ破って部活見に来たうちがあかんのやからしゃあない。

もう見向きもしてくれへん財前先輩に寂しさを感じながら自分の教室へと渋々戻る。


怒ってた、よね。やっぱこっそり見に行ったんはあかんかった。でも見に行きたい言うても来るなって言われるだけやし。

そもそもうちが財前先輩を好きになったんは、部活中の財前先輩を見たから。何部に入ろうか迷っとっていろんな部活を回ってた時、女子テニス部の横で輝いとった人が財前先輩やった。気だるげやのに、強くて真剣で。うちの目は完全に財前先輩に奪われとった。

テニスをしとる財前先輩はうちにとっては特別なんや。



「後で謝らなあかんかなぁ」



財前先輩と付き合って一つ季節が過ぎた。夏休みはいっぱい遊んでくれた。暑いから外に出たないとかいいながらもちゃんとうちに付き合って、遊園地にも海にもプールにも水族館にも、全部一緒に行ってくれた。ほんまは優しい人やねん。せやから怒らせてしまったんなら、ちゃんと謝らな。


今度こそ言いつけ通り自分の教室でテニス部が終わるのを待つ。うちの教室からはテニスコートは見えへんし、教室にはもう既に誰も居らん。つまりやることがない。



「名字、帰んで」



仕方なく宿題をやりながら待って、一時間くらいが過ぎた頃。制服姿の財前先輩が迎えに来てくれた。普段より少し目付きが悪い。きっと機嫌が悪いんや。



「先輩、ほんまにごめんなさい。でもどうしてもテニスしとる財前先輩が見たくて…」



慌てて謝れば相変わらずの不機嫌な視線で無言のまま見下ろされる。その視線を負けじと見つめ続けると、はぁっとため息をつかれた。



「もうええから。早う直しや」

「…」



そう言われても動かないうちを不思議そうに見とる。



「あの、どうして見に行ったらあかんのですか。うち、テニスしとる財前先輩かっこええから好きなんに」



今まで部活を見に行っても特に何も言われたことはなかった。付き合い始めた当初は遠慮もあって、あんまり見に行けへんかったけど、見に行った時は視線をくれたりすることもたまにやけどあった。せやのに急に来るななんて。



「別に理由なんてないわ。とにかくもう来んな」

「でも…」

「名字、しつこいで」



ギロリと睨まれるけど、うちは引かない。手をぎゅっと握り締めて、財前先輩に立ち向かう。

あかん、涙でそう。怖いとかそんなんちゃうくて、ただ寂しくて。



「見に行ったかてええやんか!彼氏のかっこええとこ見に行ったらあかんのですか!!」



ぐっと涙を堪えて訴えれば、財前先輩はぎょっとして固まる。うざいって思われたかもしれへん。なんだかんだ先輩はうちの希望を優先してくれてきたし、喧嘩なんてしたことなかったから。でもうちやって譲れへんもん。



「せめて理由くらい教えてく」
「かっこ悪いやろ」



うちが興奮して続ける言葉に財前先輩はいつも通りの冷静な口調で被せてくる。そして一歩うちに近づいてぐいっと腕を引いた。腕が腰と頭に回って、うちは絡めとられた。



「一度しか言わへんからな」



うちより一回り以上大きい先輩に包まれとるから、低く落ち着いた声が上から聞こえた。



「部長を引き継いだばかりでまだ感覚が掴めてへん。そんなかっこ悪い姿見せたない」

「っそんなこと…」

「黙って」



さらにぎゅうっと力が込められて、うちは指示通り黙るしかなかった。やって、今まで付き合っててこんなに近づいたの数えるほどしかない。そら手を繋いだりキスしたりとかなかったとは言わへんけど、財前先輩はしょっちゅうそんなことをするような人やない。



「自分が見とると思うと無意識にかっこつけようとしてまう」

「…え!?」

「名字が居ると妙に緊張するし、気になる」



この人はほんまに財前先輩なんやろうか。普段言うはずもないこと言うてるし、そんな考えそうもないこと考えとるなんて。



「…ちゃんと、好きやから」



そう最後に小さく言って、財前先輩は言葉を発しなくなった。顔は見えへんけど、きっとすごい照れとる。だって耳が真っ赤やから。


せやけど、多分。財前先輩に負けないくらいうちも真っ赤。



「ほら、帰んで 」



うちから離れてほんの少し赤い顔で、いつもどおりの言葉を言われる。


ただいつもと違うんは、手が差し伸べられとること。





はるか様、リクエストありがとうございました!

大好きだなんて、嬉しい言葉をかけていただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます。
短編でたまにみせるデレが書けたか怪しいのですが、許してください。個人的にツンデレな財前が書けて満足しちゃって。すみませんでした!

またお時間あるときに試書へ足を運んで頂けたら嬉しいです。

2014.07.13 由宇

戻る