財前という名前は何度か目にしたことがあった。リアアカであろうひかるのアカウントで。リア友らしき人物から確かにひかるは財前と呼ばれとったことがしばしばあるんや。



「なぁ、謙也君」

「ん?」

「財前君って名前何て言うん?」



確かめたい。そう思った。今までひかるに会いたいと思ったことは何度かあったけれど、そこまで本気で会いたいと思うことはなかった。

それはやっぱりうちとひかるはTwitterでの付き合いやし、お互いイメージを崩すのもどうかと思ったから。せやけども。近くにいるかもしれへんと思うと、気になる。



「財前光、やけど。それがどないしたん?」



ざいぜんひかる…ああ、そうやったんや。ひかるはさっきの財前君なんや。絶対そうや。間違いない。


うっわ、まじか。予期せずひかるに会ってもうた。関西に住んどんのは知っとったし、きっと大阪なんも予想はついてた。同じ関西ならもしかしたら知らん間にすれ違っとるかもね、なんて話したこともあった。しかしこんなにも近くにいるなんて。そして千紘の彼氏の後輩やなんて。



ちー[ありがとうな!]



午後の部がこれから始まるひかるはきっとこのツイートを見てへんやろう。それにたとえ見とっても何のことかはわからんはず。

けど、言いたくなった。伝わらんくても構わへん。ただの自己満足でもええんや。



「べっつにー。それより午後の競技そろそろ始まるんないの?」



携帯をポケットに直して、ひかるの件は適当に流す。


午後には女子高にはない男子による迫力満点の騎馬戦と、謙也君も白石君も出場するらしいリレーがある。千紘は大好きな二人が出るもんやからリレーが楽しみみたいでそわそわしている。



「せやな。そろそろ行ってこな。ほなまた終わったら」



千紘と楽しそうに話しとる白石君の肩をトンと叩いて、謙也君はグラウンドに向かう。白石君も謙也君に頷いてから、千紘の頭を撫でていた。



「あの、白石さん、頑張ってください!」



勇気を振り絞りました、と言わんばかりの上ずった声で白石君に声をかける千紘。ほんま可愛ええなぁ。あんな顔赤らめて白石君のこと好きやーって体中から伝えとるみたいや。

当の白石君も満更でもなくて。そんな千紘に優しい笑みを浮かべてから返事をしとった。

大好きな子に大好きな人ができて。幸せそうな二人を見るんはうちまで幸せをおすそ分けしてもらっとる気分や。


でも、ええなぁとは思うけど、彼氏がいて欲しいなんてことは一ミリたりとも思わへん。そんなん煩わしいだけやし。



「千紘、どっか見えるとこ行かへん?」

「うん!」



うちらがやっとの思いでグラウンドを見渡せる位置に来た時に始まった借り物競争。千紘は目を皿のようにしてスタートラインに並ぶ生徒をじっと見ていた。



「あっ!いた!」



千紘が嬉しそうに指差す方向で知っとる顔を探す。謙也君のような目立つ金髪も白石君のような謎のイケメンオーラも見つからない。あれ、これには二人とも出てへんのとちゃうかな。って思ったところでようやっと知った顔をする見つけた。


ツンツンの黒髪とキラリと光るピアス、そして気だるげにスタートラインに立つ姿はまさに財前君やった。やる気も何もあったもんやない。無理矢理に参加させられとんのかなんなのか、見た感じでは微塵のやる気も感じられへん。


乾いたピストルの音が響いて次第に財前君の順番が近づいてくる。そして順番が来た時、スタートの合図のピストルが鳴って走り出した。

それがものごっつ速い。さっきまでのやる気のなさはどこにも見えへんくらい速い。あれでも手抜いとんのかもしれへんけど、周りをどんどん置いていく。リレーや100m走ならぶっちぎりで一位や。



「最初にお題を引いたのは余裕の一位、白組の財前!さぁ、さっさとお題のもんを借りて来いや!二番手も白組や、おいおい赤組もっと頑張らなあかんで!」


実況を聞いていたら聞こえてきた知った声。さっきまでうちらと一緒に話しとった謙也君。千紘が言うには放送委員の仕事らしい。



「白組二人が走り出したー!」



そのあとを赤色のハチマキをした生徒が走っていく。彼らはそれぞれ目的のものを借りに客席やら職員席やらに散っていく。

その中でうちは財前君の行き先を視線で追った。彼は客席にずかずかと入って行って、人混みに消えた。出てきた時には左手に小さな男の子が連れられとった。


そのままその子を抱き上げてゴールに向かって走る走る。いくら子供とはいえそんなに軽いはずあらへんのにさっきと大差ないスピードで走りきる。

そしてそのまま抱いとる少年と一緒に涼しい顔のまま一位でゴールをかっさらっていった。


あの子は誰なんやろう。