やっぱり正体を明かすまいと決意して、ほんの少し落ち込む私は財前君と目を合わせられんかった。目を合わせてしまえば全てがばれてしまうような気がしたんや。せやから目を背けて善哉に目をやった。溶けた抹茶アイスはまるで私の感情を表してるみたい。善哉の中にぐるぐると渦巻いて、混沌としているよう。



「ふっ」



鼻で笑うような、でも何か面白がっているような声が聞こえて、善哉から顔を上げた。そこにはもちろん財前君がおるんやけど、頬杖をついて手の上にあるその顔はさっきまでの、ちーについて話す優しい顔やなくて、にやりと怪しげに笑っていた。



「ま、冗談っすけどね。ええ加減気づいてもろてもええですか、名前さん」

「…は?」



意味が分からずに財前君を見ると、財前君は徐に携帯を取り出した。そして私の視線を全く気にせずにいじりだす。それが終わって携帯を直すと視線だけを私のかばんにやった。



「携帯、見てください」



言われた通り携帯を見れば、ホーム画面には通知が来とる。まさか、と思ってそれをアプリを開けばそこでは見慣れたアイコンが呟いとった。



ひかる[@ちー やっと見つけた]



驚いて財前君を見ると悪戯が成功し嬉しいのか少し楽しそうに笑っとった。



「ちー」



驚いて言葉を失った。もう否定なんてできんかった。ああ、ばれてしまったんや。私がちーで、財前君のイメージとは全く違う人物やってことが。幻滅されたやろうか。もう会いたいと、話したいとは思ってくれへんやろうか。離れて、いってしまうんやろうか。



「…ひ、かる」



どうして出会ってしまったんやろう。四天宝寺の体育祭に行かなければ、あそこで迷子にならなければ、ここでバイトをしていなければ、出会うことはなかったのに。そうしたら、ずっとTwitterで仲良うしていられたのに。


気づいて欲しくなかった。私がちーやってことは知らないでいてほしかった。善哉の写真ひとつで私がちーやって分かってしまったなんて。いつもばれないように気を付けとったんに。



「ほんまはだいぶ前から知っとったんですよ、あんたがちーやってこと」



さらりと衝撃発言。


私やって財前君がひかるやってことは出会ったその日に感づいていたけど、それならそうと言ってくれたらよかったんに。必死で隠してた私がアホみたいやんか。



「名前さんやって俺がひかるやって薄々かもわからんけど気づいとったんやろ?」



確信をもっている表情で尋ねられて驚く。そこまで気づいとったなんて。私がTwitterでひかるやなくて財前君に向けて言葉を書き込んだのは体育祭の時だけ。それ以外は財前君=ひかると知っとっても結びつけるのは脳内だけにとどめていたはず。ここで話すときやって気ぃつけてたはずや。



「なあ、ちー」



今度はアカウント名の方で呼ばれて、私はもう諦めることにした。仕方ない。せっかく仲良うなれたけど。ひかるのイメージを壊してしまったんやから。好きなタイプの女の子と話しとったつもりでも、中身が分かってしまえば私みたいなやつやってんから。もう、私たちの関係は終わり。



そこまで考えるとなんや笑えてきた。終わりって、そういえば始まってもない。ちーとひかるやってただのネット上の付き合い。それはどちらかが拒絶すればすぐに切れてしまうような細い糸で繋がっとる。ネットなんてそんなもんや。名前さえ明かしとらんかったやし。



「俺を見てくれへん?」



いつからか善哉から離しとった手を握られる。財前君の手はひんやりとして、でも大きくて包み込まれるとなんや落ち着く。名前である私とはいつも敬語で話すのにそれが砕けた言葉に変わったってことは、きっと今財前君はひかるで、ちーに向かって話しかけとる。



「ちーの中でひかるがどんな奴やったか知らんけど、俺はちーと会えてよかったって思ってんで」

「でも、さっきのイメージぶち壊し…」

「あんなんちょっとした冗談や。ちーがあまりにも素直やないから仕返し」



ま、俺も素直な方とはちゃうけどな。なんて笑うんや。それからゆっくり、でも真剣な顔で心地良い低い声で言葉を続けていく。



「会いたかった。初めてTwitterで話した時から気になっとって、」



いきなり善哉の写メなんか送り付けた謎のアカウントやったのに。普通なら気持ち悪いって思うやろ。ブロックしたっておかしない。私やったら即ブロックするわ。



「いつの間にか好きになっとって、」



好きになってもらおうとなんてしてへんかったのに。ただ一緒に話してるのが楽しくて。いつの間にか私だってひかるからのリプライが来るのを、ひかるが浮上するのを待ち望むようになっとった。くだらないことを言い合うのがすごく楽しかった。



「会って話してみたらもっと好きになった」



会って話してみて、ひかるは、財前君はかっこよくてクールだけどとても優しくて、やっぱり本当に善哉が好きなことを知った。



「名前さんがちーでよかったッスわ」



私だって。私だってそう思ってる。ひかるが財前君でよかった。イメージを崩したくないと思うのだって、ずっと仲良うしてたいって思うのだって、いつの間にかひかるが私の中でとても大きな存在になっとったから。失いたくなかったから。


ああ、そうか。


私も財前君が好きなんや。ひかるが好きで、だから財前君を好きになって、それで会いたくなかった。好きな人には好きでいてもらいたいのは当たり前のことやから。



「幻滅、してへんの?」

「するはずないやろ」



にやりと笑った。それからすっと立ち上がって、冷たい手が離れていく。冷たさを失って私は体温があがっていくように感じた。



「ほな、帰りましょか。俺傘持ってへんから入れてくださいね」

「え、それって相合傘…」

「恋人なら普通とちゃいます?」



さらりと言いきって私の腕をとって立たせる。ぐいっと引かれた腕にかかる力はやっぱり男の子で、慣れない私はそれだけでどきりと心臓が大きく鳴る。でもそれ以上に、財前君が恋人宣言をしたせいで私の顔は真っ赤やろう。








ひかる[彼女ができました]



おそらく帰っとる途中にしたやろうツイートを確認したのは家に帰って一人になってから。嬉しいけど、明日からバイト先でどんな顔をしたらええのか一人焦ったのも本当のこと。


それから私は眠る前に、携帯を手に取った。そして一言ツイートをして眠りにつく。



目が覚めても夢のように消えてしまうことはない。夢のようで本当の話やから。顔も名前も知らない人との、恋の落ち方。お互いにとっくに知っとったんに、それを隠して、騙して、それでも最後はハッピーエンド。そんな二人のTwitterユーザーのお話。










ちー[彼氏ができました]