決してやる気があるわけでもないんやけど、バイトなんてもんは慣れてしまえば楽しいわけで。自然とお客さんに笑顔で接客できるくらいには余裕がある。

そのはずやってんけど。



「いらっしゃ…いませー」



思わず途中で止めてしまったお決まりの言葉を無理矢理最後まで続ける。もちろん理由もなく言葉が出なくなったわけでもない。

全部その理由は目の前の男の子にある。驚いて言葉がでなかったんや。



「あんた…」



それは相手も同じらしくて、ぱちくりとその鋭い瞳を大きく見開く。その反応からするとどうやら私のことを覚えとったらしい。



「えーと、財前君やったよね。この前はありがとうね」

「いえ、別に。部長の彼女の友達さんはここでバイトしとったんッスね」



なんやその呼び方に違和感を感じて、ああそうかと思い至った。

ひかること財前君は私がちーやってことを知らんし、ましてや本名なんて知るはずもない。なんなら私は千紘の友達ではなく従姉やし。やから当然名前を呼ばれることはない。それがなんやむずむずする。



「お一人様ですか?」

「はい」



マニュアル通りに空席に案内して、メニューを渡す。私がバイトをしとるのは所謂和カフェと言われる場所。カフェと名前がつくくらいやから客層は女の人が多くて、男一人でここにやってくるお客さんは珍しい方やと思う。


せやけど財前君がひかるやってわかっとる私にはここに彼がひとりでやってきた理由は分かっとる。確実に善哉目当てであって、それのためなら周りの目なんて気にせえへんのやろう。



「善哉一つ」



財前君の低い声で予想通りのオーダーを受けて、なんや笑えて来る。

この人はほんまに善哉が好きなんやなって思うと、やっぱりこの前の善哉の写真を見たときは羨ましがっとったんやろうか。こんなにクールな見た目で、うまそうやななんて思っとったんやろうか。考えてみるとなんや可愛えな。


私はキッチンに戻って思わずくすっと笑って財前君をちらりと盗み見た。

初めて見たときは、綺麗な顔に存在するつり目や耳にあるたくさんのピアスを見てガラが悪いって思ったけど。今じっくり観察してみれば、すごく整ったクール顔をしとって、せやけどどこか幼さも残ってる顔や。謙也君や白石君の後輩なんやしきっと性格やってそこまで悪くはないんやろう。きっと財前君は周りの女子が放っては置かないタイプ。つまりモテるんやろう。



「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞー」

「あんた」



財前君の目の前に善哉を置いてその場を去ろうとしたら声をかけられた。最初は聞き間違いかと思ったけど、一人で来店しとる財前君が話しかける相手は店員である私しかおらんやろう。



「はい?追加オーダーですか?」

「ちゃいます。あんたの名前、教えてもろてもええですか」



私の想像を超えた質問に一瞬フリーズする。


だって、まさか名前を聞かれるなんて思わへんやろ。今私と財前君は店員とお客さんっちゅー関係やし、私は財前君がひかるやって知っとるけど財前君は私がちーやってことは知らない。そんな彼が私に興味を持つとは思われへんし、私の名前を聞いて何か彼にメリットがあるとも思えへん。



「いちいち部長の彼女の友達って言うん面倒なんで」

「ああ、そういうこと…って」



納得しかけて、ふと思う。財前君は私とは全く無関係やのに、私を呼ぶことなんてあるんやろうか。



「で?」

「え、ああ、名字名前言います」

「名前さん、ね。覚えたッスわ」



私の名前をその耳触りのええ声で復唱して、座っとる財前君は私を見上げて微かに笑った。その笑顔が私の目に焼き付いて、心をどきりと鳴らした。



「ご、ゆっくりどうぞ」



慌てて頭を下げて財前君の前から立ち去る。そしてキッチンに入って心臓のあたりを押さえる。



見られてないやろうか。綺麗な顔が見せる笑顔にどきっとして赤らんでしまったやろう顔を。