新装開店。その文字と共に少し明るい雰囲気を醸し出すそこは俺のお気に入りの甘味処。

数ヶ月前に改装のため閉店して、やっと改装が終わった。俺の中ではこの店の善哉が一番で、何度も食べに来とった。小豆の粒が残る甘すぎない餡とやわらかい白玉。何杯でもいけそうや、なんて言うたら謙也さんあたりに何を言われるかわからんから言わへんけど、実際それくらい好き。



「善哉二つ」



注文を取りに来た店員にそれだけを告げると、謙也さんは驚いた顔をした。



「俺の分まで一緒に頼むなんて、財前も遂に俺を先輩として扱うようになったんやな」

「は、両方俺のッスわ」

「うんうん、両方俺の…ってちょお待てこら」



ぎゃんぎゃんと喚く謙也さんを横目にテーブルの上にあるメニューを見る。そこには赤い文字で10%OFFの文字。つまり開店セールでいつもより安く食べれるっちゅーわけで。そんなん当然いつもより多く食べた方が得なんやから言わずもがなや。


謙也さんは俺に文句を言いながらも、店員にもう一つ善哉を追加した。


店内はほとんどが女。それに他に居る男も彼女とは限らんくとも女連れ。男だけでここに来とるんは俺たちだけやった。常連の俺は、女たちの好奇の目にさらされるんももうとっくに慣れたし、俺は一人でも来るくらいやから店員も何人かは顔見知りや。周りの目なんて気にする必要もなければ無駄やからな。



「しっかしほんま自分はこの店好きやな」

「文句あるんなら来んくてもええのに」

「ほんま可愛ないな、自分…」



謙也さんと居っても話しとんのはだいたい謙也さん。俺はそれに相槌をうったり時には聞いてへんかったり。謙也さんはそれに文句は言うけれどそれも本気ではないし、特にお互いに気にもしてへんから、この関係はとても楽や。そんなこと言ってやることは絶対ないけれど。



「わー!ほんまに名前は食べ物の写真撮るん上手やんな」

「そうでもないで。普通に撮って加工しとるだけやもん」



俺らの斜め前に座る制服を着た高校生二人の話が聞こえる。

その制服はここらでは有名な女子高のもんで確か部長の彼女の通う高校やったはず。ただそれだけやしもちろん俺にはそんな学校に知り合いなんてもんはいないから店内で聞こえる他の声と同じように聞き流しとった。その言葉を耳にするまで。



「その写メどないすん?」

「Twitterに載せるかなー。うちのフォロワーにむっちゃ善哉好きなやつおんねん」



ドキリとした。そら大阪に善哉が好きなやつは俺だけと違うんはわかっとるけど。それでもなんや気になってその言葉を発した女の後ろ姿をじっと見つめる。もちろんそんなに見たところでそいつが振り向かん限り顔はわからんし、聞こえる話もさして特別なことはない。


せやけどその時見えた袖口を俺はさっきよりさらに凝視した。

そのちらりと見えた袖から覗くブレスレットにはどこか見覚えがある。たぶん、いや絶対にそれは最近見たものに間違いない。すぐには思いだすことができなくてゆっくりと記憶の糸を辿る。

無数の記憶の糸の絡まりをやっとほどいて見れば、そこで思い起こされたのは体育祭のあの日。



「部長の彼女…の隣や」



あの時や。体育祭の日に道に迷う女を見つけて、その女が部長の彼女と一緒にいたこと。ほんの一言二言会話しただけの女。顔は、ぼんやりとしか思い出せへんけど、確かにあの女の腕に同じブレスレットがあったことを記憶しとる。



「白石の彼女の隣?何がや?」



俺の独り言を拾った謙也さんの声も無視して携帯を取り出す。


善哉を咀嚼しながら触るのはTwitter。タイムラインを更新するとそこに現れたんはうまそうな善哉の写真。その写真と目の前にある善哉を見比べる。それはどう見てもおんなじもんで。これはあそこに居る女がちーやっていう証明でしかなかった。


はっとしてちーのホーム画面に言ってツイートを遡る。体育祭のツイートまで遡ってあの日を思い返してみれば、なんでこんなこと気いつかんやったんやろうと思う。


午前の部が終わった時間も、俺が迷ってるあの人を助けたことに対する礼も、甥っこへのコメントも、全てが当てはまるんや。ちーがあの人であることは十中八九間違いやないと思う。



ひかる[@ちー うまそうやな]



こんなにも近くに居ったなんて。知り合ったあの時からずっと会ってみたくて、でもお互いのイメージを壊す戸惑いから会いたくないとも思っとった。せやけど仲良うなるうちにそんな不安も消え失せて会いたいと心から思っとった。

Twitterだけやなくて現実で、ちーと話したいって思い始めたのは結構前で。それからこいつのことが好きなんやって自覚するまではあまり時間はいらんかった。名前も歳も何も知らないはずの女やったのに。



ちー[@ひかる やろ!めっちゃ美味しい♪]



すぐに来たリプライを呼んであの人の背中を見る。その手には携帯が握られていて、もしかしたらっちゅー気持ちをより一層確かなもんにしていく。



「名前、なんか嬉しそうやね」

「んー、羨ましがってんちゃうかなって思ってなんや可愛くって」



くすくすと笑う声が心地良く感じるなんて、俺はおかしいんかもしれへんな。