バイト戦士の休日







普通のデートがしたい、とは言ったのは確かに私なのだけれど。彼の中の普通が普通じゃなかったのを私は忘れていた。


小さい頃から周りには景吾様と呼ばれ、ちやほやされて、それが当然だった。幼少をイギリスで暮らし、今現在は氷帝学園という金持ち学校を手のひらの上で転がしている様にさえ見える生徒会長、跡部景吾。

それが私の彼氏だ。ただしとりあえず、一応をつけておく。


私は日々バイトに精を出し、休みの日なんてほぼない。あったとしてもテスト前とか特別な理由だ。別にバイトは好きだし、帰宅部の私はやることもないし、いいんだけれど。


跡部との時間はかなり少ない。休み時間に会うくらい。
クラスも一緒じゃなければ、私は生徒会委員でもない。放課後は跡部は基本的に部活か生徒会、私はバイト。


だからデートと言われるものは数えるほどしかしたことない。


しかも跡部に行き先を任せると、まぁ何というか、ぶっ飛んでる。遊園地に行きたいと言えば、遊園地を貸し切る。買い物がしたいと言えば、高級車でブランド店を梯子する。

つまり何が言いたいかというと、跡部の感覚は普通じゃないということ。



「名前、楽しくねぇのか?」

「楽しいよ、楽しい。うん、すごく楽しい」

「アーン?なんだその上辺だけの返事は」

「じゃあ…スッゴく楽しい〜☆」



上辺だけとか言うから感情込めて言ってみれば、跡部ははぁっとため息を吐く。


だって、どこのお店に行っても跡部様扱いだし。これのどこが楽しいの。こんなの私は望んでない。

例えば混み混みの遊園地で飽きるほど待つのだって、ざわざわ煩いファーストフード店だって、跡部と行きたいと思うのに。
そんな普通を跡部と過ごしたいのに。


跡部のことは好きだけど。どこがとか、何で付き合ってるのかとか聞かれたらきっと答えられない。私はその答えを持ち合わせていないから。

付き合い始めたあの頃は跡部に群がる雌猫どもに嫉妬もしたし、跡部の立場を考えては引け目を感じていた。それが今となってはもう懐かしい。私も大概図太くなったものだ。



「チッ」

「あ、今舌打ちしたでしょー」

「行くぞ」



私の言葉を無視して跡部は立ち上がる。それを見た従業員が寄ってきて跡部に近寄る。多分その会話はまたご利用下さいとかそういうものだろう。私はただ跡部に付いていくだけだからまたご利用することはないとは思うけど。



「あれ、車は?」



跡部は、学校からは勿論だけど、どこに行くのだって跡部家の運転手付きの高級車で送り迎えだ。それなのに、今扉を出たレストランの前にそれはなかった。



「帰らせた」

「え、私たちここからどうやって帰るの!?」



私を鼻で笑って歩き出す跡部。

いやいやいや、意味が分からない。どこに行くのよ。慌てて追いかけるけれど、長い脚でスタスタ歩くものだから私は小走りにならざるを得ない。

ちょっとはそういったことに配慮はないものなのか。イギリスに住んでたんだからレディーファーストだとか、そういう思考を持ってもいいのに。



「名前」

「へぶっ!!」



前を行く跡部が急に振り返って止まるから私は跡部の堅い胸に鼻をぶつけた。

もともとたかくない鼻がこれ以上低くなったらどうしてくれるつもりだ。

私が鼻を押さえると、跡部に頭を撫でられた。それにつられて上を見上げると跡部の綺麗な顔。



「どこに行きたい」

「は?」

「お前の言う普通とやらに付き合ってやる」



そう言って私の手を絡め取って片方の口角を上げる。跡部の大きな手が私の手を覆う。男らしくごつごつしてる手のくせに、細くて長い指が私の手の甲までかかる。



「ほら、行くぞ。お前が楽しめなきゃ意味がねぇからな」



くいっと引っ張られて私は歩き出した。さっきの早歩きとは違って私に合わせてゆっくり歩いてくれる。なんだ、やればできるじゃない。



「で、どこ行くんだよ」








せっかく付き合ってくれるなら普通に跡部と街を歩こう。雑貨屋とか洋服屋で買い物をして、カフェに入って、ゲーセン行って。一見恋人同士がすることじゃないのかもしれないけど、私としては跡部と一緒に過ごせればいいの。日々お互い忙しくしてるのだから、一緒にいるときは気を使いたくない。



「ちーがーう!ここ!ここがカメラ!!」



プリクラ機で跡部にくっつきながら指差す。当然跡部はこんな庶民の機械使ったことないし、私が初プリクラのはずだ。



「見てるだろうが」



プリクラ機が写真を撮るために喋るその瞬間。私は跡部にぐいっと引かれる。驚いたところでシャッターの切れる音がした。



「あ、あと、べ…」



口元を押さえて見上げると、至極楽しそうな顔。普段大人びた光を放つ青い瞳は、今は悪戯が成功して喜ぶ少年のようにキラキラしている。


落書きをして出来上がりを見るともう私の顔は真っ赤。いや、なんなら落書きをしてる時から真っ赤だったと思う。



「フン、プリクラとやらも悪くねぇな」



嬉しそうにそれを見る跡部の手にはさっきのプリクラ。いきなりキスをされたあれ。跡部はカメラに見せつけるように私の唇を奪っている。



「もう跡部とはプリクラ撮んない…」



私の手にもある私たちのキスプリ。恥ずかしくて封印する事になるだろう。



「俺様はお前としか撮んねぇけどな」



綺麗に笑う跡部は、きっと女の子より綺麗だと思う。すっと延びてきた手は避けようがなく、私の頬を撫でる。


顔が近づいてきて、キスされる、と思った瞬間。

ここで鳴り響く電子音。私はどうしてマナーモードに設定していなかったのか。これは明らかに私の携帯の通話を知らせる音。

携帯を見れば着信はバイト先から。溜め息をつく跡部を見上げて苦笑する。


ああ、私はいつだってバイトに邪魔される運命なのかな。


けれども、

忙しさの中、大好きな人の微笑み。
私はそれだけで毎日を頑張れる。






にひき、誕生日おめでとう!大変遅くなって申し訳ない…(土下座)
何人か好きなキャラいたみたいで、誰を書くか迷って、いっそ全員出演させてやろうかなんて思ったけど、無理だった。そしてやっぱりこの人だよね(・∀・)
いつも絡んでくれてありがとう(*'▽'*)
お互い頑張ろうね、主にバイトを←

2013.10.4 由宇




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