小さな愛の芽生え







午前10時。待ち合わせ場所には既に彼が居た。一つ年下の彼は今日も甘く優しい声で挨拶をし、柔らかな笑顔を向ける。記念すべき初デートである今日の為に新しいスカートを買ったり昨日は何を着て行こうかどんな靴を履いて行こうかとうんうん悩んだのは彼には秘密だ。何とも今日誘われたのは遊園地なのであまり女の子らしすぎる服装は出来ないなと落胆していたのも確かだけれど、「今日も可愛いですね」と彼は言うのだ。ありがとう白石君もかっこいいよと告げると、幸せそうに頬を赤らめては「じゃあ行きましょか」と私の手を握った。彼の温もりを感じていると、ふと頭上から声が降ってくる。「今日は完璧なデートプラン用意してるんで、最高のデートになりますよ」何て可愛らしい笑顔を見せるのだろう。見たこともない程嬉しそうな、無邪気な笑顔で私を見つめる彼が愛しくて、楽しみだなぁと零す。また新しい白石君を知った気がする。

「これ乗ったら25分に着くから…ちょうど特急が来るぐらいです」
「わざわざ調べたの?」
「当たり前やないですか。名前先輩が10分遅刻した時のも考えてるんですよ」
「遅刻はしないよー、一秒でも早く白石君に会いたかったもん」
「…先輩、それは反則です」
「え?」

何もありませんよ。少し早口で焦った白石君は私の手を握り直し、時刻表から視線を外した。ちょうど来た電車に乗り込むと、二人分空いていたのでそこに腰を下ろす。何でもない会話が、楽しい。
昨日あった部活での話の中で何度も出てくる謙也という男の子は変な子だけれど面白かったり、財前という後輩は素直じゃないだとか。その二人が話していると直ぐに言い合いになったり謙也君が負けるとか。楽しそうな白石君を見るのは好きだし、隣に居て凄く温かい気持ちになる。やっぱり白石君の事が好きだなぁと再確認していると、彼は私の隣から徐に立ち上がった。どうしたの?と尋ねる間も無く彼は私に向けていた視線を他に向ける。優しく瞳を細めては「どうぞ」と私の前に立っていたお婆さんに話しかけたのだ。私は白石君よりも年上なのに、気付かなかった事に恥ずかしさを覚えた。変わらず話を続ける白石君はそんな私の気持ちを匂わせない様にしている様に見えて、心の中で彼を馬鹿と言っておいた私はやっぱり子供なのかも知れない。

数分間電車に揺られ、ちょうど来た特急に乗り換え。白石君は先に降りて私の手を取ってくれた。

目的地の遊園地に着いてからは彼の言うところの完璧なデートプランに乗っかるだけ。次はあれ、人気だのどうだのと薀蓄を並べてみては彼は嬉しそうに笑った。昼ご飯のお店も彼がわざわざ調べてくれたらしく、だいぶ並んだけれど美味しかったの一言だ。

正直なところ、完璧なデートプランなんて無くても良いのだけれど。白石君さえ居てくれれば良い。私は白石君と一緒なら何処に行ったって楽しい筈だ。そんな私の気持ちを微塵も理解していないであろう白石君が私の手を握りながら「…次はどうしましょか」と困った顔で尋ねた。ここから先は計画には無いのかも知れない。予想以上に空いているとぼやいていたから、予定より計画が進むのが早かったのかも知れない。
白石君の行きたい所で良いよ、と苦笑を零すと、白石君は少し不機嫌そうな表情を見せてから早足で遊園地の奥の方へと進んで行った。
怒らせてしまったかな。白石君は私を楽しませようとしてくれていたのに…と思うけれど、私は私でどうすれば良かったのか分からない。無言のまま彼は進んで行った。

「これ、乗りましょ」

白石君が指差したのは大きな観覧車。彼曰く物凄く大きいらしく、見える景色が最高なのだとか。今朝言っていたっけなと記憶を辿りつつ小さく頷いた。


「名前先輩足痛そうやったから…一秒でも早く座らせたかったんです」

やっぱり白石君は優しい。私の過大評価なんかじゃない。優しくて、かっこよくて、素敵な人だ。

「先輩…楽しかったですか?」
「うん、ものすごく。それこそ足の痛みなんて自分でも気付かないぐらい」
「俺、先輩にどうしても楽しんで欲しくて計画立てたんですけど…先輩あんまり楽しそうじゃないから……どうしたんかなぁって」

短い会話が続いた後、私が言葉を探している間に白石君はもう一度口を開く。
きっと今日の中では初めて、彼が負の言葉を零した瞬間だった。

「意味分からんデートプランなんて作って先輩の事振り回してしもてすいません…。俺、何やってんねんやろう…」

頭を乱暴にガシガシと掻き、自嘲に染まった苦い笑みをポロっと零す。不謹慎極まりないけれど、夕日が背景になると白石君は3割増しぐらいでかっこよく見えてしまう。情け無く掠れた声を絞り出し「そんな事ないよ」と言うと、白石君はゆっくりと伏せていた顔を上げた。

「白石君と一緒に居られるなら何処で何しても楽しいよ。私のためにいっぱい考えてくれたんだよね、ありがとう。今日一日凄く楽しかったよ」

観覧車の中で向かい合う事をやめ、白石君の隣に腰を下ろした。危ないかなぁなんて思いつつも彼の温もりをすぐ近くで感じたくて、彼の表情をいっぱい見たくて、また一つ白石君を好きになりたいと思った。
恐る恐る声を振り絞る白石君が可愛くて、例えようもない感情の波がやって来た気がした。

「先輩…今日何の日か知ってます?」
「ん?何の日だろう…」
「俺らが付き合い始めてちょうど1ヶ月なんですよ」

そろそろこの観覧車も頂点だというところで白石君は大きく息を吸って吐いた。意を決した様に膝の上で拳を握る彼の姿をすぐ横で見ていると、鼓動が高鳴ってしまう。
「1ヶ月前よりもずっと好きです。めっちゃ、好き。」囁き声は私の中だけに甘く響く。胸がキュッと締め付けられる感覚すら甘くて優しい。不自然な体勢で私を抱き締めて、白石君はもう一度優しく何かを囁いた。よく聞こえなかったけれど、私も好きだよと返しておいた。

「1ヶ月前、勇気出して先輩に告白して良かった。俺の気持ちに応えてくれて、ありがとうございます」
「そんな、私の方こそ…白石君があの時言ってくれなかったら、今頃私の片想いで終わってたよ」

1ヶ月、2ヶ月。貴方と重ねていく時間はきっと何よりも大切な物になっていくのだろう。くっついたところから伝わってくる体温も、ドキドキも、全部愛しいよ。
大好きだよ。私が彼に言った瞬間、彼は耳まで真っ赤に染めては困った様に笑った。

「名前、好き」

世界中の誰との時間よりも、優しくて愛しい。





夏子ちゃん、リク消化ありがとう!!
そう、そうなの!!こういう白石の話がよみたかったの!!と興奮するほどにどんぴしゃなお話を本当にありがとう。お礼しか言えません。白石、本当に可愛いです。
忙しい時にリク消化してくれて大変だったよね。ごめんね。
これからもサイトやらTwitterでよろしくね(´▽`)


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