新しいサンダルを買った。
普段はあまり履かないような少し高めのヒールに比例して手が出しにくいような値段だったが、夏にぴったりのそのデザインに一目惚れをして奮発してしまった。歩くたびにカツカツの小気味の良い音をたてるヒールは履き慣れてはないけれど、どうしても今日はお気に入りのこのサンダルを履いて行きたかった。


二人の予定がぴったりと重なった週末。久しぶりにデートをしようと先輩に誘われ、大型ショッピングモールに来ていた。二人とも観たいと言っていた映画の上映時間がちょうどあって、予定にはなかったが急遽その映画を観た。なかなか面白く、先輩はパンフレットまで購入して満足そうだ。よほど気に入ったらしく、どことなく柔らかい表情で映画の感想を語る先輩はこのときばかりは同級生の男子のような雰囲気で、とても可愛らしいと思った。映画館を出て適当にショップを回る。先輩の好きなブランドの店に入り、服を見て回る先輩から離れて姿鏡の前にあった椅子に腰を下ろした。思わず小さく息をつく。

「サンダル、新しいの買うたん?」

いつの間にやって来たのか。鏡の前に立ち何着か持って来ていた服を体に宛がいながら、先輩は私の足元を見て言った。私の期待通りにちゃんと気付いてくれたことに満足して、頬を緩ませながら返事をする。

「そないに高いヒールがついとるやつ、あんまり履かんよな。珍しい」
「でもかわええやろ?」
「かわええけど、気ぃつけや。足痛めるで」

先輩は目敏い。相手のことを本当によく見ている。実際少しだけ踵が痛かった。しかし素直に頷くことはせず、大丈夫やってえ、と返した。先輩は目敏い。そのくせ肝心なところは気付かない。どうせならちゃんと気付いてほしい。先輩に可愛いと、たったその一言を言ってもらいたくて足を痛める覚悟で履いて来たのだ。久しぶりのデートに張り切らないわけがない。

「なあ、こっちとこっち、どっちがええ?」
「さあ?似合うてるし、どっちも買うたらええんちゃう?」

ほんまに、肝心なところで鈍いってどないやねん。先輩に悪気があったわけではないことくらいわかっている。ただ可愛いと言ってほしかっただけなのだ。綺麗めなシャツを交互に宛がい、鏡の中の自分を真剣に眺める先輩の横を通り過ぎ店を出た。先輩もそろそろ気付いただろうから、ちゃんと可愛いって言ってくれたら許そう。後から追ってくるだろう先輩を待つ。すぐに来るはずだと思っていたが、先輩が店から出て来る気配がまるでない。まだ気付いていないのだろうか。それとも、機嫌を損ねてしまったのだろうか。少し不安になり、もう一度店の中に入った。しかし、見えた光景にぴたりと足が止まる。誰かと楽しそうに話す先輩の背中が、なぜだか少しだけ遠くに感じた。先輩の向かいにいるのは、二人の女の人だった。ウエーブのかかった茶色の髪と落ち着いた雰囲気、先輩と親しげに話しているところを見る限り先輩の友人だろうか。じっと見ていたから視線に気づいたのか、二人の女性のうちの一人が私を見ながら先輩の肩を叩く。先輩は振り返って私に気付いた。少し安心したように笑うと先輩はもう一度前を向いた。一言二言会話を交わし二人と別れ、こちらに駆け寄って来た。

「待たせてごめんな」
「………今の」
「…ああ、大学の同じ学部の子ら。偶然会ってん」

楽しそうな笑顔と、私といるときには見せない落ち着いた雰囲気がちらつく。普段は感じないような二歳という差が、急に大きな壁となって目の前に突き付けられたみたいだ。左胸が痛くなった。言いようのない圧迫感と不安感が一気に押し寄せてくる。前を向いたまま大学のことを話す先輩の声をフェイドアウトするように下を向いた。新しいサンダルが目に付いた途端、思い出したかのように踵に痛みが走って思わず立ち止まった。つられるように先輩も立ち止まる。名前?名前を呼ばれ、不意に先輩の視線が私の足元に下がった。名前、もう一度名前を呼ばれ、手を引かれて近くの自販機の横のベンチに座らされた。大人しく待っときとだけ言い残し、先輩はどこかへ走って行ってしまった。言われた通り大人しく待っていると、先輩はすぐに戻って来た。先輩は持っていた小さな袋から消毒液と絆創膏が取り出す。サンダルを脱がされ、足を持ち上げられる。

「血出るまで我慢してたん?」
「……………」
「履き慣れてへんようなん履くからや」
「……久しぶりのデートやん」
「え?」
「久しぶりやから張り切ったんやん。先輩の周りには綺麗な人たちばっかりやから、少しでもかわええって思ってもらいたかっただけやねん」
「……………」
「…ごめんなさい」

傷の部分に丁寧に消毒液をかけて、一緒に買ってきたポケットティッシュでやさしく拭った。大切なものを扱うような優しい手つきに泣きそうになる。自分の不甲斐なさに嫌気がさす。先輩が私を大切に想ってくれていることくらい知っているのに、先輩と同級生の周りの人たちに嫉妬して、どうにか追い付こうとしては空回ってしまう自分が情けない。どうやったって二歳の壁を越えることも、あの人たちに勝てることも出来ない。先輩の隣にいるのが私でいいのかいつも不安で、自分の小ささが浮き彫りになってしまう。膝の上に置いていた手に力を込めて拳を握りしめると、少し乱暴にその手を掴まれた。顔を上げるとすぐ目の前に先輩は迫っていて、あっという間に先輩に抱きしめられていた。

「新しいサンダル、買いに行こか」

私を抱き締めたまま、先輩は言った。肩口に先輩の額が乗っているから表情は見えないけれど、聞こえて来た声のトーンは笑っているようだった。まだまだ子どもで、甘えたでだめだめな私のすべてを、先輩はそっと優しく包んでくれる。返事の代わりに先輩の背中に腕を回す。小さく頷くと、抱き締める力が強くなってやっと近くに先輩を感じられた。踵の痛みはいつの間にか引いていた。先輩の肩に頭を傾け、すべて委ねるように預けた。





春一様、リクエスト消化ありがとうございました!!
少し前から通っていて、10万打リクを募集していたのを見たときは是非リクエストしたいと思いました。そしたらば!こんなに素敵な白石を!!
本当にありがとうございます!!
Twitterもフォローして頂いて、ありがとうございます(´▽`)
今後ともよろしくお願いします〜!!

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