家族時々男の子









毎年私の期待を裏切ってくれるのは自分自身である。
四月、この時期毎年行われる、ある意味季節行事と言っても過言ではないものがある。



「名前はどうやったん?」
「……何がー?」



幼なじみの蔵の部屋で、白石家の飼い猫ちゃんと遊んでいると蔵に聞かれた質問。

わかってる。何を聞かれてるかなんてわかってるんだけど。自分から言うのが悔しくて。つまり今年も私は期待をばっさりと裏切られたわけで。



「何って、身体測定やん」


そう言ってにやりと笑った蔵は私の結果なんてどうせ知ってるんだ。測定が終わった直後の教室での私を見れば、簡単に想像できたと思う。



「背ぇ伸びとったん?」
「…蔵には関係ないでしょ」


知ってるくせにわざと聞いてくるなんて意地悪だ。しかもどうせ蔵は伸びてるんだよ。最近大きくなった気がするもん。男ばっかり伸びてずるい。


ただ一つ言っておくけど、私は特別小さい方ではない。159cmは多分高校生女子としては平均くらいだと思う。でも160cm欲しいんだもん。大きくなりたいわけじゃないけど、でも159.4cmって惜しいじゃない。



「ははーん、また伸びてなかったんや」
「っ!うるっさいな!!どうせ去年からまた1ミリも伸びなかったよ!!」



猫ちゃんを抱きしめて蔵に背中を向けてベッドに寝転がる。


ちびだと思って馬鹿にしてるんだ。ムカつく!!もうお菓子あげないし、忘れたお弁当届けてあげないし、部活終わるの待っててあげないんだから!あ、でも宿題は見せて欲しい。



「ちなみに俺はまた伸びとったで。184cmやった」



毎年毎年聞いていると、未だに成長期なのかなんなのか、蔵は3,4cmずつ伸びている。私にその長い御御足を分けてくれてもいいと思う。


私の幼なじみはハイスペック人間なんだ。顔よしスタイルよし性格よし。おまけに勉強もできて運動もできる。
そりゃモテない訳がなくて、女の子によく告白されてるけど、一向に彼女はできない。恋バナなんてするのはなんだか照れ臭くて、蔵とはしないけれど、聞いた話では好きな子がいるとかなんとか。



「そんな伸びてどうすんの。私に分けてよ」
「名前は?」



拗ねた口調で呟くと、すぐにわけのわからない返事が返ってきた。意味がわからず黙っていたら、蔵が私が寝転がるベッドに近づいてきた。そのまま枕元に座って私の頭を撫でた。まるで猫ちゃん相手にするような手つきだったけど、とても優しくて温かくて思わず振り返って見上げた。



「名前はでかくなってどないするん?」



蔵は私の髪をまだ弄びながら、柔らかく微笑んだ。ずっと近くで見てきた相手でも、これだけのイケメンのそんな顔をみると思わず照れてしまう。私はラッキーだ。人気者の蔵を独り占めできるんだから。



「背高い方がかっこいいし、上の方にあるものにも届くし、似合う服装も増えるし、それに、」



蔵と並んで釣り合うから。



私にとって蔵は自慢の幼なじみだけど、ある意味ではコンプレックスでもあるんだ。

片やハイスペックなモテ男、片やちんちくりんでなんの取り柄もない平凡女。

昔から蔵のことが大好きで、近寄ってくる可愛い女の子をいっぱい見てきたから。私も蔵と並んで釣り合うような、自慢できるような幼なじみでいたいんだもん。



「名前」



蔵の問いかけに答えていたのに、途中で遮られて名前を呼ばれた。視線を蔵に戻すと、いつになく真剣な瞳で見詰めてきた。

身長差のある私たちでは、こんな至近距離で見つめられたことなんてあまりない。だからただただ心臓がばくばくと音を立てるばかりで、何も言葉を発することができなかった。



「自分は女の子なんやからかっこええ必要なんてあらへん」
「…あ、うん、まぁそうなんだけど」
「上の方で届かないもんがあるんやったら、俺を呼んでくれてええし、服装なんて気にせえへんでも今のままで十分可愛ええ」
「へ?え?蔵、急にどうしたの?」



今まで一度もこんなこと言われたことないのに。お互い男女としての意識よりも、幼なじみで家族みたいな存在って意識だったのに。そんなこと言われたら否が応でも意識してしまう。


しかも場所は蔵の部屋。私たちは二人きりでベッドの上。しかも至近距離。相手は申し分の無いイケメン。

これで意識するなっていう方が無理だ。それがたとえ幼なじみでも。



「俺は今のままの名前が好きやで」
「しっ…てるし!蔵が私のこと嫌いなわけないもん!」



思わず告白かと思ってしまうくらい蔵の声は穏やかで、優しくて。彼氏とかそんなんじゃないのに、私だけ特別なのかもしれないと思わされてしまう。



「ん、せやな。名前かて俺こと大好きやもんな」
「べっつに!!」



蔵が笑ってそんなこというから私はもう顔を背けるしかなかった。よくわからないけど、暑くて、ドキドキして、目が合わせられない。


だって蔵が急にかっこよく見えてしまったから。もともとかっこいいのは知ってたけど、そうじゃなくて。新しい感情が芽吹いたようなそんな感覚。



「ふはっ!名前、耳真っ赤やで」



顔を背けたところで髪の隙間から見える真っ赤な耳を、大笑いしながら指摘して嬉しそうに笑う蔵は、幼なじみではなくて一人の男の人だった。


私は赤面を見られないように、黙って猫ちゃんを抱きしめて顔を埋めるだけで精一杯だった。


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