温かな氷







青く澄み渡る冬の空。静かなテニスコートに響くのは、ボールがラケットに当たるパコンという軽快な音。


ここは跡部先輩の家からすこし離れたとこにある、跡部先輩所有のテニスコート。そこで私と跡部先輩はネット越しに向き合ってラリーをしている。当然全国レベルの跡部先輩は私が打てるところに返球してくれているのだけど。


そもそも何故私がここにいるのかというのは数日前に遡る。

跡部先輩はやっぱり、大好きなテニスをしてる時が一番輝いていて。勿論試合は応援に行ったことはある。でも練習も見てみたくて。見学したいのだけど、氷帝の部活には大勢の女の子たちがレギュラー陣の練習を見学している。私の目的は当然跡部先輩なのだけど、何よりその跡部先輩がレギュラー陣の中でも一番の人気で、たくさんのキラキラとした視線が注がれる。そんな女の子たちの中に行ける訳がないし、特別に近くで見学させてくれるとも言われたけどそんなに目立つことはしたくない。ただでさえ跡部先輩と付き合う私をよく思っていない人もいるのだから。

そこで跡部先輩が連れてきてくれたのが、ここ。午前中自主練習をするから見に来ないかって誘ってくれた。そしてお昼からデートでもしようって。

跡部先輩は優しい。見ているだけじゃつまらないだろって言って私をコート上に招いた。そんなつもりなくて何も持ってきていなかったのに何故か全て用意してくれている跡部先輩に、最初からこのつもりだったのだということがわかる。



「軟式テニスやってたんだから少しは打てるだろ」




確かに中学時代、部活は軟式テニス部だった。それでもそんなにレベルは高くないし、高校から氷帝に入った私は部活のレベルを知って続けるという選択は捨てた。だからもうしばらくラケットは触っていない。



「ほら」
「わっ!待ってください!」



緩い放物線を描いて私の元に飛んできた黄色いボール。硬式テニスは軟式テニスとは違う。それでもボールをネットの向こうに返すという基本的な動作は同じだ。私は無意識に跡部先輩から借りたラケットを振る。真ん中とは言い難いけれど、何とかガットに当たって、威力のない私のボールは跡部先輩の方に向かって返っていく。



「なんだ、意外と打てんじゃねぇか」
「まぐれですよ。テニスなんてもう随分やってないんですから」



そうは言っても、何度か緩い球を出してもらっているうちに何となくコツを得てきて、軽いラリーならできるようになった。だからパコンという音がリズムよく静かな冬の空気に響いていた。けれど体力のない私は30分程度で疲れてしまった。



「疲れたか?」
「はい…。でも楽しいです」
「そうか。疲れたならもうお前はやめにしとけ。中にシャワールームがあるから温まってこい」



跡部先輩は笑顔で私の頭を撫でる。私はお言葉に甘えてシャワーを借り、当初の予定通り跡部先輩の自主練習を見学することにした。



















シャワーを浴びて戻った私の格好は帽子にマフラーに、ニットの上にコート、そしてブーツ。更に言うならポケットの中にはカイロ。冬の寒空の中完全防寒フル装備の私。

そんな私と対照的に真夏の如く半袖短パンでテニスをする跡部先輩。さっきまでは長袖を羽織っていたのに、私がいない間に暑くなったらしい。こちらからすれば見ているだけで寒いのだけれど、先輩はじんわり汗をかいていて頬は薄ら紅くなっているように見える。あそこだけ夏なんじゃないかと思えるけれど、先輩の吐く息は真っ白で、やっぱり冬だよなぁと思い直す。つまりそれだけ激しい動きをしているということ。見ていればそれは一目瞭然。氷帝テニス部を率いる跡部先輩は自分にもストイックなんだ。



「悪い、待たせた」
「大丈夫です!テニスも楽しかったし、それに跡部先輩がテニスしてるの独占できるなんて贅沢すぎて」



汗を流して私服に着替えてきた跡部先輩を見てみれば、コートを着てちゃんと防寒している。それでも私からしたら薄着に見えるけれど、きっと高級品か何かで暖かいんだろう。



「行くか」



すっと伸びてきたのは綺麗な手。男の人なのに細い指で、そうかといって決して華奢なわけではなく男らしいごつごつと骨ばった手。私は跡部先輩の手が好きだ。いつも私を包み込んでくれる。今だってほら。私の小さな手は、さっきまでラケットを握っていた跡部先輩の温かな大きな掌に絡め取られる。



「冷てぇな」
「そうですか?」
「ああ。寒かったか?」



にこりと笑って横に首を振る。本当は寒かったけど、跡部先輩がテニスをしてるのなんてなかなか見れるものじゃない。だから嬉しくて心は温かった。



「嘘をつくんじゃねぇ。顔が真っ赤だ」



繋いでいない手の甲を私の頬に当てる。冷たい頬にじんわりと跡部先輩の熱が移っていく。でも赤みは引くどころか、さらに赤くなる。私たちがこんなに触れ合うことは滅多にないから照れてしまう。先輩後輩だし、跡部先輩は忙しい人だから中々会えない。それでも毎日連絡はくれるし、たまの休みは私と過ごしてくれようとするから、何も不満はない。



「これくらいで何照れてんだよ」



跡部先輩が可笑しそうに破顔するから私はつい目を逸らす。素敵過ぎて見ていられないから。



「だって、跡部先輩が…」
「ん?」



首を傾げて私の顔をのぞき込む。わ、近い近い。綺麗な跡部先輩の蒼みがかった瞳が目の前にある。私はもう目を合わせてるので精一杯で言葉が発せられない。




「どうした?」
「……かっこよすぎるんですよ」



跡部先輩はもともとかっこいい人。それはどんな時も。テニスをしてる時の鋭い雰囲気も、生徒会長としての凛々しい姿も。そして、私に見せる甘い顔も。



「ふっ」




さっきまで私の頬にあった手を口元に当てて綺麗な顔で笑い出す。私何か変なこと言ったかな…。



「名前」
「は、はいっ!」
「お前は可愛いな」



跡部先輩の長い指が私の顎にかかる。
もう私には周りの音なんて何も聞こえない。寒いのに暑い私。涼しい顔なのに心なしか頬が色付いている跡部先輩。世界にただ二人だけのような感覚。




ゼロ距離になる瞬間。私は跡部先輩の手をきゅっと握ることで精一杯だった。






樹廉ちゃん、お誕生日おめでとう!!そして受験お疲れ様(,,・ω・,,)
遅くなってごめんね。なんだか無意識に書いていたら貰ったお話と同じように一緒にテニスしてたんだが…恐るべし、跡部様ガクブル
なんかこんなでごめん(笑)また遊ぼうね!
樹廉ちゃんが幸せな一年を過ごせますように( *˘ 3˘)

2013.11.9 由宇





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