ゆりうごされた心






小さい頃からあたしは女の子として扱われたことは少なかったと思う。兄貴が3人もいるせいか、男勝りだし口調もよくはない。別に自分ではそれでもいいと思ってる。か弱い女の子みたいな扱いなんて望んでない。寧ろ女だからって舐められるのは嫌だ。


「名字!!貴様はどうしてこうも校則を破り続けるのだ!!服装の乱れ、サボり、課題の未提出もさることながら、次は遅刻か!!俺は風紀委員長として我慢ならんぞ!!」


同じクラスに男子テニス部副部長兼風紀委員長の真田がいるのは本当に面倒だ。何から何まで注意される。やってらんない。


「うるっせーな!!お前にどう関係あんだよ」


耳を塞ぐポーズをとって煩いとアピールをする。こんな近くにいるんだからそんな大きな声で言われなくても聞こえてるっつーの。だいたいあたしに言うくらいなら自分の部活の奴らまずなんとかしろよ。髪の毛赤かったり銀だったり、校内でガム食ってたり、服装乱れてるやつもいる。あたしだけ言われるなんて理不尽だ。


「風紀委員長としての職務を全うするためだ!!これ以上校内の風紀を乱すことは断じて許さん」

「あーもう、わかりましたー。気を付けますー」

「名字!!」


棒読みで返事をして教室を出る。せっかく授業の邪魔しないように休み時間に来たってのに、あそこまで言わなくてもいいじゃんか。









「名字さん、やはりここでしたか」


あたしのサボり場である地学資料室に現れたのはまたしても同じクラスの柳生。真田ほどではないけれど、こいつも口煩い。

この部屋がバレたのはあたしが自分から口にしたに違いはない。けどあたしはサボり仲間である仁王に教えたつもりだった。仁王とは授業サボって一緒にいろいろやらかしてるんだけれど。だからこの教室を見つけたときに一番に教えに行ったんだ。


『におー!!聞いて聞いてー!!』

『え、あ、…名字?』


今思えばあの仁王の反応で気づくべきだったんだ、それが仁王ではなくて柳生だったということに。何の理由かはわからないけど、彼らが常日頃から入れ替わっているということは耳にしたことがあったのに。あたしは少しの疑いも持たなかった。


「何だよ、柳生」


資料室にある机の上に座って漫画を読んでいたところに現れた柳生。こんなとこに来るくらいだから勿論あたしに用があるんだろう。連れ戻しに来たのか。あるいは柳生ではなくて仁王って可能性もなくはないか。


「教室に戻りますよ」


ちっ、前者だったか。つまり本物の柳生で連れ戻しに来たってわけだ。


「うるせーな。何であたしが柳生に言われなきゃなんないんだよ」


漫画を手元に置いて柳生を見る。柳生ははぁっとため息をついてあたしに目をやる。


「全く、貴女という人は…。女性なのですからそのような言葉遣いはおやめなさい。それにスカートも短すぎです」


本当に、口煩い。真田のようにガミガミは言ってこないにしろ、やっぱり苦手だ。まるで母親のごとく注意してくるし、丁寧な口調なことに余計苛つく。

だいたい、


「女だから、とか言うけど、あたしのこと女だなんて思ってないくせに」


そうだ。あたしは立海でも女扱いなんてされてない。男女共に友達は多い方だとは思うけど、私を女扱いする奴なんてごく少数だ。

だから柳生だってそうに決まってる。


「いいえ」


首を横に降り、柳生が近づいてくる。栗色の髪の毛にすっと整った鼻筋。真面目染みた眼鏡越しの瞳が私を捕らえた。


「例えば、私がこうして貴女を捕まえたとしましょう」


あたしの手首を掴んで細めた眼で見下ろしてくる。その視線から逃れようと必死で抵抗するも、しっかりと捕んだ柳生の手はあたしの手首を離さない。


「貴女の非力な抵抗では私から逃れることはできません」

「くっ…そ」


あたしの抵抗をものともしない柳生に恨めしくなって睨み付けるも、一向に効果はない。それどころか、自分が女で柳生が男であることを思い知らされる一方だ。くそ、いつもは女扱いなんてされないのに。


「貴女は紛れもなく女性なのですよ」


その言葉にあたしは不覚にも息が詰まった。一瞬周りの音が全て聞こえなくなった気さえした。

柳生はぱっとあたしから離れ、失礼致しましたと謝罪をする。


「さぁ、名字さん。教室に帰りましょう」


何となく悲しそうに見えた柳生の笑顔が、あたしの脳裏から離れなかった。




(貴女は私の気持ちには気づいてくださらないのでしょうね)








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