部活の前に、名字さんのメールアドレスが知りたいと言ったら謙也はひどく驚いた顔をした。



「…聞いてみるわ」



携帯を開いてメールをする。相変わらずメールを打つのが速くて、さっさと打ち終わって俺を見る。



「珍しいな」

「何がや」

「白石が女に興味持つん。昨日もかわええとか言うてたし」



白石の口からそんなん聞いたことないわ、と言って謙也は着替え始める。


確かに謙也の言うとおりや。俺はあまりそういうことを言うたことがない。

自分でも周りより容姿が良いことも、それなりにモテることも自覚はしとる。今までに告白だって何度も受けてきたし、今は居らんけど彼女がいたこともある。

でも俺の恋愛は大抵が受け身。自分から好きだと思ったことはないし、勿論告白もしたことはない。かわええと思うことはあっても、あまり口に出すことはなかった。



「俺かてほんまにそう思ったらそれくらい言うわ」

「ほーん」



謙也がニヤニヤして俺を見る。なんやムカつく。



「謙也、練習メニュー倍にされたいん?」

「職権濫用すんなや」



察しの通り俺は高校でも部長を務めることになった。四天宝寺から来た奴らが多いからか、俺がええ言うてくれる奴が多かった。

中学同様同学年は濃いし、生意気な後輩は居るし、今年はとうとう金ちゃんも入学した。これからきっとまた喧しなるやろう。



「で、好きなん?」



少し真面目な顔をして聞くから俺は黙ってしまう。


名字さんを一目見てドキッとしたのは事実ではある。せやけどそれが好きに結びつくとは限らへん。



「…かわええ、とは思う」



名字さんの笑顔を思い浮かべてでた答えはそれだけ。好きかなんてわからんわ。ただ、笑ったり顔赤くしたり、そういうのはかわええと素直に思った。



「ほーん」

「よし、謙也、倍走ろか」

「ちょ、そらキツいわ」



部室を出れば俺はただの白石蔵ノ介やなくなる。部長って肩書きがつく。だから完璧で居らなあかんし、雑念なんて考えとる場合やない。

それがわかっていながら、部活中もずっと名字さんのことが頭から離れないでいた。

















「白石」

「謙也?まだ居ったんか」



俺が部活後一人での自主練を終えると部室には謙也がいた。こんな時間まで誰かが居るんは珍しい。普段はだいたい俺が自主練を終える頃にはみんな帰ってしまう。



「おん、ちょっとな」



携帯をいじる謙也を横目に俺は制服に着替える。


着替え終わったら部誌を書く。中学ん頃は大層なもんやなかった部誌を書くのはやっぱり苦労する。先輩らが引退してからは部長である俺の仕事やからしゃあないけど。



「白石、ちょお電話してええ?」

「ええで」



謙也は携帯を耳に当てる。俺は会話を聞かんようにと思って部誌に集中しようとした。

が、謙也の一言で俺の集中力は皆無になった。



「名前、今時間あるか?」



名前って名前を聞いて俺の心臓はドキリと跳ねた。


名字さんが、今謙也と話しとる。そう思うと少しだけやけど謙也が羨ましい。あかん、部誌になんて集中できへん。



「白石」

「…」

「しーらーいーしー」

「うわっ」



ぼーっとしてた俺が耳元で大きな声で呼ばれて驚くと、謙也がニヤニヤ笑ってた。そして自分の携帯を差し出してくる。



「は?どないしたん?」

「ちょおトイレ行きたなったから名前と電話しとってや」

「あ、おい…」



謙也は携帯を俺に押し付けて部室を出て行ってしまった。

こんなとこでまでスピードスターやなくてええのに。




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