何度断っても、白石さんは家まで送ると言ってくれてゆっくりと我が家までの道を歩く。まさかこうして彼氏と隣り合って帰り道を歩く日が来るなんて思いもしなかった。小さい頃からわたしの隣を歩いてくれるのはいつも謙也くんで。それには特別な気持ちはなくて、ただ家が隣同士だったからっていう理由だった。

でも今、幼いころから毎日歩いてきた道を、白石さんは遠回りにも関わらず一緒に歩いてくれる。大好きな人が隣を歩いてくれることがこんなにも嬉しいことだなんて思わなかった。



「今日は来てくれてほんまにありがとうな」

「わたしこそ、誘ってもらってありがとうございました」

「つまらんかったんとちゃう?」

「そんなこと!みなさん楽しそうでしたし、それに白石さんかっこよくて、その、えっと…」



もっと好きになりました、なんて。そんなことこのわたしが言えるわけもなく。恥ずかしさを隠すために俯く。それでもやっぱり大好きだから、繋がっている手に少し力を入れた。



「はは、名字さんは可愛えな」



はっとして白石さんを見上げると、少し頬を赤くして微笑んでいた。言葉にして言うことはなかなかできないけど、これはわたしの気持ちが少しでも伝わったって思ってもいいのかな。



「なんやこうやってゆっくり歩いて帰るん久しぶりやな」

「あ、ご、ごめんなさい…歩くの遅いですか?」



にこにこと楽しそうに笑う白石さんの顔はちっとも迷惑をしている顔ではないけれど。でもやっぱりゆっくりなのは絶対わたしのせいだよね。


そりゃそうだよね。白石さんはわたしよりも背が高いんだから足も長いわけで。わたしのペースに合わせて歩いていたら遅いに決まってる。ただでさえ送ってもらって帰りが遅くなっちゃうのに、わたしなんかに合わせてのんびり歩いてたらもっと遅くなっちゃうよね。練習で疲れてるんだから早く帰ってゆっくり休んでもらわないと。


そう思ってさっきよりも少し早めに歩くと、予想外に白石さんを引っ張るような形になってしまう。あれ?と思って振り返ると白石さんはきゅっとわたしの手を引いた。



「遅ないで。なんならもっとゆっくり歩いてくれたってええ」

「でも帰りが遅くなっちゃいますよね…」

「普段自主練して帰るからもっと遅いし気にせんといて」



やからもっとゆっくり歩こう、なんて微笑みかけてくれる。けれどわたしは今の白石さんの言葉ではっとして、そんなことは耳を通り抜けていた。


自主練、って言ったよね?そうだ、そうだった。白石さんは毎日の部活の後に自主練してるって前に電話で言ってた。だから怪我もするって言ってたから誕生日に絆創膏あげたんだもの。

ああ、なんで気付かなかったんだろう。今日はわたしがいるから自主練もお休みしてるってことに。こんな能天気に送ってもらってる場合じゃないよ。大事な練習時間を削ってまでわたしと一緒に帰ってくれてるのなんて、本当に申し訳ない…。



「あ、あの、白石さん…!」



にしても最近はもう暖かいなー、なんて薄暗くなり始めた空を笑顔で見上げる白石さんに勇気を振り絞って声をかける。わたしの声が震えてたのか、それとも切迫していたのか、白石さんは足を止めて、ん?とわたしの顔を覗き込む。



「ごめん、なさい」

「へ?」



きょとんとして間の抜けた顔。そんな顔もなんでかっこいいんだろう。


近くで眼が合ってそんなことを思うけど、はっとして一歩下がった。それから頭を下げてもう一度ごめんなさいと小さな声で謝罪をした。



「いやいや、どないしたん?俺、名字さんに謝られるようなことされてへんで」



せやから頭上げて、とわたしの頭をさらりと撫でた。その大きな手に釣られるように頭をゆっくり上げて白石さんを見上げた。



「だって、わたしを送るから自主練できなくて」

「ええんやって。たまには」



どうしても白石さんの目が見れなくて俯いて話すわたし。気を遣っていいんだって言ってくれてるのはわかってる。だって白石さんはきっと少しでも練習したいって思ってるはずだから。



「でも今日だってわたしがいなかったら練習してましたよね?わたしがいたから…」

「名字さん、顔上げて」



わたしの言葉を遮って言う白石さんの言葉に素直に従うこともできずに、下唇を噛む。


どうしてわたしは気付かなかったんだろう。

白石さんが練習に誘ってくれて、そのまま一人で帰すわけもない。だって彼はとても優しい人なんだから。わたしを送るってことは自主練もおのずと休みになるってこと、簡単に想像もつくはずなのに。





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