テニスのことなんて全くわからないわたしは、ただひたすら白石さんを目で追っていた。
それでもフォームが他の誰よりも綺麗で洗練されているように見えるし、ずば抜けた存在感を感じる。それは彼氏ということからの贔屓目なのかもしれないけれど、それでもわたしの目には白石さんが一番素敵に映った。
わたしだって体育の授業でテニスやったことあるけれど、このスポーツはそんなに簡単なものじゃないと思うの。
小さなボールを思い通りのところに打つのは難しいし、わたしなんてテニスコートに入らなくて特大ホームランを飛ばしてしまって友達に笑われもした。
白石さんやこの部活のみなさんは好きでテニスをしてるのかもしれないけれど、こんなに上手になるためにはかなりの努力が必要だったと思う。
「ほな、ボールアップ!」
白石さんの声でレギュラーさんたちが散り散りになってボールを拾う。テニスコート上の黄色いボールが次々と手に取られて、籠に収まっていく。そしてまた新たな練習メニューが始まった。
よく見ていると、白石さんだけみんなと違うの。
なんというか、やりたいようにやってないんだと思う。部長さんという立場で背中を見せているんじゃなくて、みんなが自由でいられるように半歩後ろに立ってる感じ。
メニューを変えるときはみんなにどんなことがしたいか希望を聞いているし、短い休憩時間にはテニスコート外の後輩さんたちの指導もしに行っている。
「すごい、なぁ…」
本当は付き合う前、ううん、知り合う前から知ってたんだ。
謙也くんがたまに言ってた。うちの部長はものごっつい奴なんやって。部長さんだし確かにテニスは強いけど、それだけじゃなくて人として本当に尊敬できて、大事な親友なんだって中学の頃から言ってた。
よく考えたらそれは白石さんのこと。そしてそんなすごい人が今私の彼氏なんだ。
「金ちゃん、まだまだこれやと全国のごっつい奴らには勝たれへんで」
「なんやとー!!ワイは誰にも負けへん!!」
元気にコート内を走り回る遠山くんに声をかけて、また別の人を見に行く。きっと誰よりもみんなを見ているからそれぞれへの声のかけ方を知ってるんだろうな。
自分が打つ順番が来た白石さんを見ると、春の暖かさにうっすらと汗を浮かべて、ボールに集中している。それなのにわたしの視線を感じたのか、待ち時間には時折視線をこっちにくれて、照れたように笑うの。
高校三年生の男の人に可愛いなんて失礼かもしれないけれど、白石さんのその照れ笑いは本当に可愛くて。いつもすごくかっこよく綺麗に笑ってる笑顔とはまた違う。
そしてその笑顔に当てられたように、わたしまでも笑顔になれる。確実に顔は赤いだろうけど。
「もう…かっこ良すぎですよー」
誰にも聞こえないように小さい声で呟くと尚更照れて、俯くしかなかった。
練習を終えて部員さんたちが着替えに行く。
白石さんにちょっと待っててと言われて、わたしは部室へと消えていく人達をぼんやり眺めながら白石さんが出てくるのを待っていた。
「すまん、待たせてしもたな」
部室からバタバタと出てきた白石さんはわたしがいつも見ている黒い学ラン姿だ。
慌てて出てきたのかぴょこんと前髪がはねていて、それがまた可愛い。それを見てわたしがふふっと笑うと、きょとんとしてわたしを見ていた。
「前髪、はねてますよ」
「えっ!?」
慌てて前髪を抑えてバツの悪そうな顔をする。手で梳いて直していつもの白石さんの出来上がりだ。うん、かっこいい。
「早う言うてや。名字さん人が悪いで」
「ふふ、慌てて出てきてくれてのが何だか可愛くて」
「それは男の俺には、褒め言葉なん?」
「褒めてますよ」
未だににこにこしながら白石さんを見上げると、彼は少し頬を赤らめて目を逸らした。そして、帰ろかと言ってわたしの手をとった。
その行動に今度はわたしが照れる番だ。そういう恋人がすることは、平然とやってのけてしまう白石さんとは違ってわたしは初めての恋人。ここに来るときに初めて恋人繋ぎをしたくらいだ。
恋人繋ぎってね、普通に手を繋ぐより密着していて、相手がより近くに感じるものなんだよ。大きな手で包み込まれていて温かくて、安心する。
大きくて温かいだけじゃない。男らしくごつごつしていて、それなのに指は細くて綺麗で。
この手がラケットを握ってテニスをしてるんだって思うと、とても大切な気がしてきて、ぎゅっと握った。
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