時計を見ながら練習の指示を出す。

一年は走り込み、二・三年はコース指定の球出し、レギュラーは非レギュラーよりも更に狭い範囲を指定しての球出し。それぞれに指示を出して俺自身もレギュラーコートに入る。



「とりあえず、コース指定で準備運動や」



フォアサイドの一角にマーカーを置いて小さな四角形を作る。そこを狙って打つ練習やけど、全国レベルの俺らにとってはそんなんは当然造作ない。せやからこれが準備運動。半分は球拾いで、半分は五分間ノンストップで打ち続ける。



「やーん、今日の蔵りんはほんま凛々しくてカッコええわぁ」

「ばってん一段と球出し速かねぇ」

「そら彼女とあないちゃこらした後やから気合も入っとるんでしょ」

「白石はんもええとこ見せたいんやな」



球拾いをしながら後ろで話す四人。それを聞こえないフリをして球出しを続ける。

全てを同じところに、完璧に出す。それを返すのは金ちゃん、謙也、ユウジ、小石川。勿論全員同じコースに返球する。



「白石ー!!もう球出し飽きた!試合しようやぁ」

「金ちゃんあかんで。試合は最後や」



開始三分で金ちゃんが音を上げるのは想定済みや。そこで俺は同じ所に出していた球をコート内にランダムに散らす。それだけで打つ側の運動量は増えるし、瞬発力や判断力も必要になる。



「ラスト!」



最後の球を小石川が安定したショットで打ち込んだ。それが指定範囲のど真ん中に入る。

マーカーの位置を変えて逆サイドも同じメニューをやって球拾いを交代。



「交代で。小石川球出し頼むで」

「任しとき」



ネットの向こうに移動する際、コートサイドのベンチに目を遣る。そこには俺の大切な彼女、名字さん。

どうやら俺を見とってくれたみたいで目が合うと、小さく手を振って口パクで頑張れって言うてくれた。


こんな小さなことが幸せや。さっきまで俺にはかっこええって言うてくれへん、謙也のが好きなんやって醜い嫉妬を心の中に抱えとったんに。誤解されたんが心外やとでも言うように珍しく饒舌に話す彼女は、俺のそんな嫉妬を一気に払拭した。

ほんまやったらあの場で抱きしめてキスしたかったくらいやけど、流石に周りに部員が居ったから自重した。せやから最後までは言わせずに、途中で止めさせたんや。

あれ以上聞いとったら我慢できずにキスしとったかもしれへん。それに俺のためにあんなに必死になる可愛ええ姿は他の誰も知らんでええ。


大好きなあの子にかっこいいと言ってもらえたから。せやから俺は完璧でいられる。例えば名字さんが、完璧やない俺は要らんって言うなら、俺は喜んで完璧でい続けよう。



「開始三分で散らしてや」



そう一言注文をつけて、五分間の球出しが始まる。


正直こんなんならレギュラーは誰一人として息すら切らさんし、金ちゃんが言うようにつまらん練習やとも思う。でも聖書と言われ、どちらかというと派手さのない地味なプレイスタイルの俺にはこの練習はうってつけや。

狭い範囲を狙う練習やけど、俺はあの狭い範囲の中に更にピンポイントに狙える程、中学時代に比べてコントロールはレベルアップしとる。


小石川がボールを打つ瞬間、スプリントステップを踏む。一瞬の判断でどこにボールが来るかを見極めてそこに走る。テイクバックをしたラケットをコンパクト且つ存分に振り抜いて、打点を合わせ、狙い定めた方向へボールを飛ばす。口で説明するのは簡単やのに、一点を狙うのは至極難しい。


けど、俺は勝たなあかんから。部長として、負けるわけにはいかへん。そのためには基本中の基本であるコントロールがとても武器になるっちゅーことを俺は今までの経験で悟ったんや。



「相変わらずのコントロールばい」



千歳のその言葉で俺は球速だけやなく球種も変え始めた。フラットばかりからトップスピンやスライス、トップスピンロブ、スライスロブ。それら全てを範囲内の同じ場所に落とす。


今日は絶好調や。ほんまは名字さんにちょっとばかしかっこええとこ見て欲しいって思っただけやけど。

あの子が側に居るだけで、こんなにも、心が軽くなるなんて。



「ラストや」



小石川がラスト一球を出す。たまたま俺に回ってきて、最後はフラットで打つことした。

スプリントステップを踏んで、走り出す。ボールに追いついて、ラケットを振り抜いた。ボールが当たった感触とそれが離れていく感触を感じて、狙いの先に視線を動かす。その数秒後にはボールが俺の予定通りの所へ着地しバウンドして跡をつけた。



「んんーっ、絶頂」



完璧や。調子上がってきたでぇ。



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