わたしがテニスコートを翔ける謙也くんたちを眺めていると、白石さんは不思議そうな顔をした。



「何がや?何も羨ましいことあれへんけど」



つい彼らに小さな羨ましさを抱いてしまう。

私の好きは白石さんの好きに比べたら、大きすぎて押しつぶしてしまいそうな程だから。同じだけの好きが返ってきて欲しいなんて思っていないけど、でもやっぱり彼らを見るような優しい目つきは羨ましい。



「みんな輝いてて羨ましいなって思ったんです」



当り障りのない受け答えをして、テニスコートに目を遣る。そこではイケメンと言われる幼馴染みが忙しなく動いていた。相手は私と同級生の財前くん。彼もまたイケメンだ。

謙也くんは財前くんと仲がいいみたい。さっきからよく喋ってる姿を目にする。財前くんも悪態をついてるように見えるけれどきっとそれは謙也くんを信頼しているから。



「…俺は謙也が羨ましいな」



白石さんもわたしの視線を追うようにテニスコートを見つめた。その先には太陽にきらきらと金髪を輝かせて笑う、わたしの幼馴染み。



「名字さんはいつも謙也ばっかり見とるから」



その発言に驚いて、隣にいる白石さんに目を向ける。白石さんも謙也くんから視線を逸らして、わたしを見た。それで眉を下げて笑った。


まただ。部室から帰ってきたときと同じようにちょっと寂しそうな顔をする。そんな寂しそうに笑わないで。わたしは白石さんの暖かい笑顔が好きなの。



「そんなこと、ないです」



今日ここに来て、わたしの視線を一番攫っているのは確実に白石さんだし、実際わたしは謙也くんをそんなに凝視しているつもりはない。そりゃ今日初めて出会った人よりは見てるかもしれないけれど。



「あの、わたしは今日はここに来てからずっと白石さんの姿に釘付けです、よ?」


言っていて途中で恥ずかしくなって、尻すぼみに言葉を紡ぐ。


こんなにもかっこよくてイケメンで素敵な人が私の彼氏。大きな声で自慢したいくらい大好きなんだもん。

恥ずかしくて言えないけど、ここにいる誰よりも輝いてると思ってる。それこそ太陽に輝いてる謙也くんの髪の毛だって霞んじゃうくらい。



「ほんまに言うてんの?」



わたしはもう恥ずかしすぎて頷くことしかできなかった。白石さんは自分が誰よりもかっこいいことわかってないんだ。



「せやけど謙也にはかっこええって言うたのに俺には言うてくれへんかったやん」



それは白石さんが小さな小さな声で漏らした不満だった。


そっか、そうだったんだ。だからちょっと寂しいそうな表情を浮かべてたんだね。でもそれは誤解なんです。

謙也くんに言えて、白石さんに言えない理由。貴方が素敵過ぎて、カッコ良すぎて、言葉を発することができなかったんだもん。



「白石さんずるい」

「え?」

「私の視線ずーっと奪ってるくせに、そんなこと言わないでください」



謙也くんが羨ましいなんて言わないで。わたしは謙也くんじゃなくて、白石さんのことが大好きなんだよ。

例えば謙也くんに練習見においでって言われても来なかったし。確かに白石さんが着替えに行っちゃってる間は謙也くんに頼るしかなかったけども。でもやっぱり隣にいて欲しいのは白石さんだもん。



「かっこいいって言葉が出なかったのは白石さんが謙也くんの比になんないくらいかっこよくて言えなくて。じっと見ることも出来なくて、でも好きだから見たくて、それで、」

「ちょっ、名字さん、たんま!ストップ!」



わたしが突然饒舌に話し出したからか、白石さんはわたしの口に人差し指を当てた。そんな仕草に照れてわたしは顔を赤くして黙ってしまう。白石さんの頬も少し赤い。



「めっちゃ嬉しいけど、みんなに聞こえてまうから」



しーっ、と言って自分の口にも同じように指を当てた。絡み合う視線にわたしの羞恥は限界を迎えて俯く。こんなに直視したらかっこよすぎてどうしたらいいのかわからない。

ついさっきまでテニスをしていた白石さんは汗でしっとりと濡れていて、それでも不潔感はない。ただ熱の篭った目でわたしを見るそんな姿が、普段の爽やかに笑う姿と対比されて更に素敵に映ってしまう。



「そういうんは二人きりんときに言うて欲しいな」



ぽんぽんとわたしの頭を撫でて、笑みを浮かべて立ち上がった。そして左手はベンチに立てかけてあったラケットを手にした。どうやら休憩は終わりみたい。



「ラリー、ラストで」



テニスコートに向かって大きな声をあげる白石さんは、もう部長の顔だ。それから次の練習メニューや後輩さんたちのコート分けの指示を出して、自分も練習に戻っていく。


わたしに向かって優しい笑顔を向けている白石さんとは違うけれどそれも素敵だ。

その背中は大きくて、頼もしくて、わたしの中でまた大好きな白石さんが新しく増える。



わたしの彼氏は、どんな時だってかっこよすぎるんだ。



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