押し付けられた謙也の携帯のディスプレイを見ると通話中の文字。


ちょお待て。今名字さんと電話繋がっとんのか?トイレ行きたなったからって、せやったらなんで電話したんや。いや、それより早よ電話出ないと。



「もしもし、名字さん」



慌てて電話に出たけど、名字さんは俺が誰なのかわかってないらしい。

白石やと名乗れば、今度は名字さんが慌てる。そんな姿が容易に想像できて俺は自分の頬が緩むのを感じた。


俺を漸く認識して、何故だか謝られた。何かを誤解しとる名字さんについ吹き出してしまった。


吹き出して笑うって我ながら失礼なことやとは思う。せやけどこんな笑うんってめったにないなぁ。笑うってこんな楽しいことやったんか。



「ちゃうちゃう。ただ名字さんと話したかっただけやねん。何もしてへんから安心してや」



ただ話したかった。そう口をついて出たのはきっと自分の本音。もっと名字さんを知りたい。話したい。



「謙也と話あったんちゃうん?」

『うーん、どうなんだろう。すぐに替わるって言ったから大した話じゃないと思うんですけど』

「そうなんや」



謙也のやつ、多分俺と話させることが目的やったな。だからこない時間まで残ってたんや。



『でも謙也くんとはいつでもお話できるけど、白石さんとはめったにできないしラッキーかな』



ふふっと柔らかく笑う名字さんに俺も自然と笑顔になる。ラッキーてことは俺と話すんは嫌やないってことやし。きっとまたあの可愛らしい笑顔で笑ってんのやな。



『今部活終わったとこですか?』

「せやで」

『こんな時間までお疲れ様です』

「おおきに。でも名字さんと話したら疲れも吹っ飛んだわ」

『そんな。大袈裟ですよ』

「大袈裟やないで。名字さんは?何してたん?」



普段話すような他愛ない話なのに。何や名字さんと話しとるってだけで特別な話でもしとるような感覚になる。
















肩をトンと叩かれて、携帯に耳を傾けながら振り返る。謙也が返ってきとった。


ちょっとだけ残念や。まだ話してたい。名字さんと話しとると時間を忘れてまう。


謙也に電話を返そうとする。と、謙也がさらっと机に切ってええで、と走り書きをした。俺は頷いてそろそろ切ることを名字さんに伝えた。



『あ、はい』



気のない返事が返ってきて、まだ話してたいと思った。だからクスッと笑ってまた連絡すると言って電話を切った。



「謙也、おおきに」

「別にええて。名前のアドレス送るわ」



俺の携帯に名字さんのアドレスが送られた。アドレス帳に名字名前という名前が加わる。

その名前を見るだけでなんや心があったかくなる気がした。



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