「あ」

「来ると思ったわ」



視聴覚室で小馬鹿にしたように笑う財前はいつもの席に座っていた。今日は音楽は聴いてないみたいでヘッドフォンは首にかけられていた。



「だってめんどくさい」

「せやな」



今日で二学期が終わる。つまり明日から冬休み。だから今日は終業式で、あたしたちはそれをサボっているわけだ。



「体育館とか寒いし、校長の話長いし」



あたしは自分がいつも座る席に座った。財前の前には座らない。あそこは近すぎる。


部長に言われて財前を好きだと知ってしまった。でも財前は女嫌い。

別に好きだから付き合いたいとかじゃないけど、この気持ちを知られて今の距離がなくなってしまうのは嫌だ。今の距離感がちょうどいいんだ。



「ゲームするん?」

「うん」



ポケットからゲーム機を出してスイッチを入れる。イヤホンはしない。財前の声が聞こえなくなるから。



ガタッと音がしたかと思うと財前があたしの前に後ろ向きに座る。いつもと逆だ。いつもはあたしが財前の前に後ろ向きに座るのに。



「どしたの?」



あたしはゲームから視線を上げずに問いかける。


財前自ら近づいて来るのは初めてだ。何か不満があったんだろうか。



「名字」



名前を呼ばれて目を上げると財前とばっちり目があった。


何故か逸らせない。絡みつくように交わった視線のせいで少し緊張する。



「な、何」



黙ったままあたしをじっと見る財前の表情からは何も読み取れない。何を言うでもなくじっと見つめるから、無理矢理視線をゲームに戻した。



「携帯」

「は?携帯?」



あたしの目の前に手のひらを上にして財前の手が出される。携帯を渡せってことなんだろうか。でも何であたしの携帯が欲しいの。自分だって持ってるだろうに。



「早く」

「あ、はい」



ポケットから引っ張り出した携帯を財前の手に乗せる。それからカチカチといじった後に、あたしの手元に返ってきた。

何をしたのかと思って見たけど特に何も変わってなさそう。



「あとでメールしとけ」



財前は立ち上がってさっさと視聴覚室から出て行った。


メール?誰に?


意味がわからなくて自分の携帯をいじってみる。アドレス帳を見て、見つけてしまった。



「嘘…」



さ行に新しく増えた名前。



財前光。



確かにそう入力されていた。




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