今は古典の試験中。
あたしはとっくに終わっていて財前の席に目を向けた。昨日口語訳を間違っていたけど大丈夫なんだろうか、と。
あたしが気にすることじゃない。別に財前とは特別な仲でもないし。あたしには関係ない。
その筈なのに、何故か財前に目を向けてしまう自分がいる。
最近自分は少し変わったと思う。
ここに来た頃は他人なんてどうでもよくて、友達なんかいらなくて。卒業さえできればいいと思ってた。
でも今は日下部さんたちっていう友達がいて、謙也さんや部長みたいな先輩と関わって、そして財前がいる。あたしは今彼らを他人だからどうでもいいなんて思っていない。
しかも財前に対して新しい正体不明な感情まで芽生えている。
あぁ、そうだ。昨日の苦しみは何だったんだろう。あんな気持ち初めてで、正直戸惑っている。
喜怒哀楽は大阪に来てからいつの間にか戻ってきてた。
日下部さんたちといることがいつしか喜びに変わった。教師に怒られんのにムカついた。風邪を引いて一人でいる寂しさを知った。謙也さんと冗談を言って楽しむこともできるようになった。
でも一番あたしの感情に深く関わるのはいつだって財前だった。
視聴覚室でただ一緒にいるだけ。本当にただ同じ空間にいるだけ。それだけなのに財前を特別視している自分がいる。
いったい、この気持ちは何なんだ。
「解答止めろー」
教師の気の抜けた声とチャイムで試験が終わり、答案用紙が回収された。
古典が最後の科目だったから各々がリラックスした顔をして話している。その中で財前も近くの男子と話してて、ニヤリと笑ってた。
「名字ちゃん、試験終わったし遊んで帰らへん?」
「え、あーごめん。ちょっと用事があるんで」
帰り際に誘われたけど断った。本当は用事なんかないけれど。
友達と言ってもまだ、どうやって関わっていいのかわからない。距離感がつかめない。今まで友達なんてずっといなかったし、欲しいとも思わなかったから。
「そうなん?ならまた今度行こな!!」
「あ、うん」
ひらひらと手を振って教室を出て行く。あたしも立ち上がって廊下に出た。
そこに財前と謙也さんがいた。
「お、名字」
通り過ぎようとするあたしに謙也さんが軽く手を上げて声をかけるものだから、流石に無視するわけにもいかずに会釈をした。
「何や、えらい他人行儀やな。財前とは大違いや」
「謙也さん、うるさいッスわ」
笑う謙也さんに財前が冷たい目でツッコミを入れる。
「試験お疲れ様です。これから部活ですか」
「せやで。やっとテニスできるわ〜」
謙也さんは今にも走り出しそうな勢いで。きっと犬だったら走り回ってるよ。尻尾振ってるよ。
「良かったですね。財前もお疲れ」
財前がこの前ピアスと呼ばれることにイラついていたのを思い出して、ピアスと言うのをやめた。財前はそれに驚いたのか一拍おいてから、おんと答えた。
「じゃ、あたしはこれで」
「っ名字!!」
二人を通り過ぎようとしたら腕が引かれた。進むことができずに足を止める。振り返ると腕を引いていたのは財前。
それを確認したら何故か心臓が跳ねた。
驚いた。謙也さんかと思ったのに。
いや、確かに名前を呼んだのは財前だけど。でも財前は女に触れられない筈。
「あ…」
財前はぱっとあたしの腕を離して顔をしかめた。それからぎゅっと手を握りしめる。
謙也さんにこの状況をなんとかしてくれるように視線で助けを求めるけど、謙也さんはただ微笑んでた。
「財前、俺先に部室行っとるわ」
しかもさっさと行ってしまう。廊下に取り残されるあたしと財前。生徒たちはざわざわと通り過ぎていく。
「…下まで送るわ」
まさかの発言に吃驚する。それからまた正体不明の感情が湧き上がる。
あたしは意味もわからず、前をスタスタと歩く財前を足早に追いかけた。
−41−
戻る