ポケットで携帯が震えて、その感覚で目を覚ました。
俺、寝とったんや…。
「…何スか」
『財前?自分今どこに居んねん』
携帯から聞こえる謙也さんのでかい声に顔をしかめる。
どこ…あぁ、図書室や。図書室で明日のために古典を勉強してた。わからんから適当に訳してたら名字が来て…。そうや、名字が料理の本を読んでて意外な所を発見して少し嬉しくなった。そんで古典やってたら、寝てしもうたんや。
「…名字?」
しんと静まり返る図書室。
窓から見える外はもう暗くて、名字がいた筈の席は空やった。帰ったんか。
『名字?名字と居るん?』
「いや、ちゃいます」
独り言が携帯のマイクに拾われて謙也さんに聞こえてた。謙也さんは不思議そうに尋ねてくる。
「気にせんといてください。今図書室ッスわ」
『さよか。そんなら良かった。携帯出えへんからちょっと、な』
「心配しすぎや、キモ」
名字の言うように謙也さんは俺を心配しとる。改めて自覚するとなんや痒くなって、とりあえず憎まれ口を叩く。
『ったく。無事ならええんや』
「はぁ」
『…なぁ、財前』
急に静かな、真面目な声に変わる。多分今から何か言われる。
俺は謙也さんの次の言葉に少なからず心構えをした。
『自分、もしかして名字んこと好きなん?』
「…」
予想外に名字の名前が出てきて俺の心臓はドキリと鳴る。
答えられへん。好き、やけど俺はそれを言ったらあかん気がする。誰も得をせえへん。
『あ、やっぱええわ。堪忍』
黙っていると、慌てた声で訂正を入れる。俺は携帯を切ろうとする謙也さんを呼び止めた。
まさか、まさか謙也さんは名字のこと…?
『はぁ!?何言うてん。あり得へん。ただの後輩や』
「そっすか」
思ったままを口にすればあっさりと否定。その言葉を聞いて思った以上に安心した。
俺ほんまに名字のこと好きなんや、と再確認させられてしまう。
『…財前が名字んこと好きやったらええなぁって思っただけや』
「何でですか」
『あの子なら財前を傷つけへん気がするから』
あぁ、ほんまに。謙也さんは、多分謙也さんだけやなくて先輩らみんなやろうけど、俺のこと心配しすぎや。
「…謙也さん、うっとい」
『はは、堪忍。ほなな。早よ帰れや』
やっぱり悪態をつく俺の気持ちを、謙也さんは多分わかっとる。だからあの人は笑ってそのまま電話を切った。
俺は照れ隠しに自分の髪をくしゃっと握って下を見た。
「は?」
そこには名字がいつも舐めとる飴。その横には自分のやない字。
“疲れてんのかもしんないけどこんな所で寝たら風邪ひくよ。あと口語訳間違えてる。飴は本取ってくれたお礼だから”
寝る前にやっていた古典の口語訳を見るとノートの端の字と同じ字で直されとる。
それは丁寧でもなければ乱雑でもない、名字らしい字。消して自分の字で直そうと思ったけど、やっぱりやめた。
「あっま…」
口に放り込んだ飴は甘くて思わず口をついて出る。
でも俺は顔をしかめとるわけやない。むしろ、多分、頬が緩んどるやろう。
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