本を持って貸し出しカウンターに行っても財前は顔を上げない。


気づいてるのに無視してるのか、それとも集中してるのか。

ちなみにあたしの予想は前者だ。



「財前」

「何や」



ノートから目を上げないで声だけ返ってくる。やっぱり無視してたのか。本を差し出すとやっと顔を上げた。



「貸し出し」

「?ここで読むんやないんか」

「邪魔でしょ」

「別に。俺には関係ない」



またノートに目を戻した。これ以上話しかける方が邪魔かもしれない。良いって言ってるしここで見て行こう。























カラン―…






暫く経って静かな図書室に音がした。

ふと財前を見る。あたしと財前以外に人はいないのだから、音がしたならきっと財前だ。


財前は頬杖をついたまま止まっていて、多分寝てる。



あたしはほぼ見終わった本を閉じて財前にそっと近づいた。


やっぱり寝てる。さっきの音は財前の手からシャーペンが落ちた音だったらしい。



「間違えてるし」



ノートを見るとちょっと間違った口語訳。

もしかして財前は古典が苦手なのか。苦手なんてなさそうなのに。むしろ何でもクールにこなしちゃいそう。



あたしは転がってたシャーペンで間違っている訳を矢印を引いて直す。自分の字と並ぶ財前の字は意外と綺麗で、くすっと笑ってしまう。



あれ、何笑ってんのあたし。おかしい。今財前のこと、どう思った…?ありえない。可愛いなんて、あたしはそんなこと思う筈ない。

てかどうみても可愛くないし。かっこいいし。って、何考えてんだ。そりゃイケメンだけど、あたしは何も想ってない筈だ。


首を振って取り留めもない考えを消した。気のせいだと思い込むために。



起こさないように静かに財前から離れて本を片付けに行く。

勿論椅子を持ってだ。そうしないと届かないし。椅子に乗って本を片付けた後財前のところに戻っても、まだ寝ていた。


帰る前に声をかけた方がいいかな。そう思って起こすために手を伸ばしてはっとした。






“俺に…触んな……っ”






いつか言われたその言葉を思い出して手を引っ込めた。あの時の財前はすごくつらそうな顔をしてた。


触んな、か。そうだ、財前は女に触れられるのも嫌なんだ。あたしが触るのもきっと嫌だろう…



「…やっぱりおかしい。何でこんな気持ちになるの…?」



苦しい。別に今財前に触るなって言われたわけでもないのに。どうしてこんなに苦しい気持ちになるの。心臓がぎゅうっと掴まれたようなこの感情は何。あたしは、こんな気持ち、知らない。



「……財前…」



財前に目を移す。

長い睫毛が合わさっていて、いつもの射るような黒い瞳は隠れている。耳に付いてるピアスがまるで威嚇してるかのようにキラリと光った。

それ以外は時が止まったみたいに何も動かない。綺麗な顔も眠ったまま。



財前は多分自分の顔が嫌いだ。というか女が寄ってくるから嫌なんだと思うけど。近づきたいと思う女の子たちの気持ちもわかる。



「……行くか」



これ以上ここにいても仕方がない。何も言わないで行くのは忍びないけど疲れてるんだろうし寝かせといてあげよう。あたしが起こさなくてもそのうち起きるだろう。



一応財前のノートの端に走り書きでメモを残した。

それからそこにポケットに入ってたミルクキャンデーを一つ置いて、あたしは図書室を出た。



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