教室の入り口に謙也さんらしき人物が見えたような気がした。でもどうせ目的は財前だろう、そう思ってシカトしてた。



「名字ちゃん、忍足先輩が呼んどるで」

「はぁ?」



なのに予想外にあたしが目的だったらしい。何で謙也さんが。この教室に来るのは財前目的じゃないのか。

目が合ってあたしを手招きをした。



「何ですか。ピアスに用事じゃないんですか」

「ピアス…って財前か!!ちゃうちゃう。今日は名字に用事があんねん」



あたしがピアスって呼ぶことに一瞬考えたけど、周りを見て気づいたらしい。あたしが人前では財前のことをピアスと呼んでることを謙也さんは知ってる。



「あたし?何ですか。メールしてくれれば良かったのに」

「めんどって顔すんなや」



顔に出てたらしい。謙也さんはあたしの頭をパシンと叩いて呆れた顔をする。地味に痛い。仮にも女に手をあげるなんて酷い。



「暴力反対ー。部長に言いつけてやる」

「はっ、言うてろっちゅーねん。ほれ」



謙也さんがあたしに投げたものをキャッチする。それはあたしのイヤホンで。怪訝な顔で謙也さんを見ると、落ちてたんや、と言った。



「自分のやろ、それ」

「何でわかんの」



謙也さんの前では一度もイヤホンをしたことはない。だってゲームする時しか使わないし。



「裏庭で拾ったんや。昨日掃除したやろ?せやから名字のかと思って」



確かに昨日は裏庭を掃除した。見つけたならその時渡せよ、と言う言葉はあえて飲み込んだ。せっかく持ってきてくれたんだから、文句は言うまい。



「どーも」

「それと今日なんやけど、」

「謙也さん、邪魔」



背後から声にドキッとする。謙也さんの言葉を遮ったのは財前だった。

一昨日から財前と話すと妙な気持ちになる。この気持ちに名前をつけることができないであたしはずっともやもやしていた。だからと言って財前を邪険に扱ったりはしなかったけれど。


財前は物凄く不機嫌な顔で謙也さんを睨んでいる。ドアのところで話してたあたしらも悪いんだろうけど、流石にいきなり邪魔ってのは言い過ぎじゃないか。



「自分ほんまに俺のこと先輩やと思てへんやろ」



呆れた顔で財前に言う。多分こういう扱いはいつものことなんだろうと思う。謙也さんって良い人だから、ある程度生意気言っても許してくれそうだし。



「後輩の女口説いとる人なんて俺の先輩やないし」



財前は相変わらずの不機嫌顔で。何かあったのかと思って見上げたら、一瞬目が合って思いきり逸らされた。何だ、感じ悪いな。



「口説いてへんわ!!何で俺が名字を口説かなあかんねん。ありえへんわ」

「あら、ありえへんって失礼ですね。あたしにはそんなに魅力ないですかそうですか」



全否定されるのも癪だからちょっと冗談を言ってみた。いつのまにかあたしは冗談なんか言えるようになってたんだな。



「何でそうなんねん」

「やっぱり口説いとるやないすか」



財前はそのまま教室を出て行った。あたしと謙也さんは顔を見合わせて肩をすくめる。



「あいつなんや機嫌悪なかった?」

「さっきまで普通にクラスメートと話してましたけど」



財前と話してたクラスメートを見てもさっきと何にもかわらない。不機嫌な理由は何だったんだろう。



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