あたしは財前の横の椅子に腰を下ろした。

財前の瞳は一人になりたくないと言っているような気がしたから。



「何で」



変わったらいけない、変わりたくない。そう思う理由をあたしは聞いてもいいのだろうか。



「…」



やっぱり様子がおかしい。俯いて少し青い顔をしている。ゴクリと唾を飲んだ音だけが静かな視聴覚室で鳴った。



「怖い?」

「は?」



下を向いていた財前がばっと顔を上げる。相当不服だったのか、いつものムッとした顔に戻ってた。



「変わることは悪いことじゃない。あたしもあんた達に変えられた」



こんな風に人と話すことはなかったし、笑うことも泣くこともなかった。今だって感情が豊かな方ではないけど、前よりはましだ。それも全部周りに影響されたからだ。



「自分が変わってくのは怖い、けど良いことだよ。少なくともあたしらみたいな奴らには」



他人と一線を引いて付き合ってるあたしや、過去に何かあった財前は特に。


財前には部長や謙也さんみたいな良い先輩がいる。だから怖がる必要はない。



「自分、やっぱりちゃうな」

「何が」

「他の女と」



財前は今までに見せたことがないような力のない笑顔をした。

ニヤリという嫌みな笑いでもなく、楽しそうな笑いでもなく。優しさが含まれているようで、呆れも含まれているようで。言葉では言い表しづらい。



「どこが?一緒でしょ」



立ち上がって今度こそ出て行こうとする。もう財前はあたしの腕を掴むことはなかった。


ただもう一度だけ呼び止められて、財前を見ると笑顔になっていた。



「    」

「…っ!!」



あたしは目を見開いて財前を見てから、視聴覚室を走り出た。


あたしの足は教室には向かっていない。今は教室にはいけない。だって絶対顔赤い。


あんなの反則だ。狡い。好きとかそんな感情持ってなくたって、イケメンにあんな笑顔されたらドキッとするじゃんか。

普段はそんなに笑わないくせに。しかも財前の口から出るとは思わない言葉を吐くんだ。



バンッと思いっきり開けたのは屋上のドア。視聴覚室から走って来たから息が乱れている。膝に手をついて息を整えながら落ち着こうと必死になる。



「馬鹿か、あたしは」



何ドキドキしてるんだ。こんなの初めてだ。おかしい、絶対に。



「財前…」



呼んだ名前は乾いた冬空に消えて行った。もう一度さっきの財前があたしの中に甦る。






“おおきに”






ふと見せるあの笑顔はあたしに新しい感情を植え付けた。




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