財前の機嫌が悪い。

それを察してるのはあたしだけじゃなくて。


でもみんなテスト前で部活ができないからとか、テスト勉強が嫌だからとか、そんな程度にしか思ってないみたいだ。財前が頭良いのか悪いのかなんて興味ないけど、でもテストが原因じゃないと思う。


あたしには関係ない筈なんだけど、眉間に皺を寄せっぱなしの財前を見てると気になってしまう。



「ねぇ」

「…」



視聴覚室にサボり魔二人。いつもの席で財前はぼーっと外を眺めてて、あたしはゲームをしてた。


ゲームの途中で財前を見ると、いつ見てもやっぱり怖い顔をしてる。あたしの声で黙ったままこっちを向くけどすごく不機嫌なのか睨むように見るから、少しだけ怯んだ。



「何かあったの?昨日から変」

「…別に」



会話終了。それから財前は会話なんてする気がないらしくて、ヘッドホンをつけた。

珍しい。いつもあたしがいるときはヘッドホンしないのに。つまり、今は自分の世界に入りたいってことか。あたしがいるのも嫌なほどにイライラしてるわけ。



あれ、なんか今心臓がぎゅってした。何?気のせいだった?だいたいあたしだって一人でいたい時があるし、きっと財前は今そうなだけだ。



あたしは音を立てないようゆっくりと立ち上がった。視聴覚室を出るつもりだった。

今の財前と二人でいるのはなんとなく気まずい。きっと一人になりたいんだ。それなら一人にしてあげるべきだ。



「待ちぃ」



声をかけられて、見るともうヘッドホンを外してた。



「何?」

「どこ行くん」

「屋上とか、そのへん」



屋上、は寒いか。真冬だしな。でも室内で先生に見つからなそうな場所ってここ以外にどこがあるんだろう。



「じゃあね」



立ち去ろうとしたら、いきなり腕を引っ張られた。


驚いて振り返ると財前自身も一瞬驚いた顔をして、それからあたしを見上げた。その黒い瞳が真っ直ぐ過ぎてあたしは射抜かれたように固まった。



「な、何」



なんだか心臓が音を立てていてガラにもなくどもってしまう。財前は無言であたしを見上げているまま。何か言おうとしてるのはわかるけど、それが何なのかまではわからない。



「…俺は」



漸く話し出したのと同時にあたしの腕を掴んでた手を離した。そのまま握り締めてあたしを視界から外す。握り締めた手に目を移してみると微かに震えていた。



「変わったらあかん…」



苦しそうに顔を歪めてぽつりとひとりごちた。変わったらいけないって、どうして。変わることはきっと良いことの筈なのに。

あたしはできることなら変わりたい。親に愛されないせいだとか、そんなものに責任転嫁はしたくない。

財前や日下部さんたち、部長に謙也さん。彼らがあたしの世界に入って来て、どうでもいいと思いながらもやっぱり気になって。

少しずつあたしの不明瞭だった世界が色を帯びてはっきりしてきてる。



頑なに変わることを拒否する理由は何。何が財前をそうさせてしまったの。




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