「遅いわ、アホ」
下駄箱に着いたら壁にもたれかかってる謙也さんに睨まれた。
いや、正直怖くないけど。だって謙也さんは残念なイケメンだし。これが部長だったらきっと足が竦む。
「財前に会ったからちょっと立ち話をしてて」
「財前?」
謙也さんが意外な顔をする。ピアスを着けていて怒られていたことを話すと余計に怪訝な顔を作った。
「何でやろ。テスト勉強キツうなるから今回はせえへんって言ってたのに」
「あ、そーなんだ。あたしには気分次第とか言ってましたけど」
だからただ気分が変わっただけだと思ったんだけど。
ピアスを着けて歩いとったら教師に怒られて違反者カードを渡された。反省なんかしてへん。俺にはもともとこれが普通やし。
途中、名字がその場面を見ていたのに気づいた。教師が行ってから声をかける。
「名字、いつまでそうしてんねん」
「あ、バレてたんだ」
いたずらっぽく笑う姿に俺は一瞬固まる。名字はこんなふうに笑う奴やったやろか。俺の中の名字はめったに笑わない筈。
「ピアスは校則違反ですよー」
俺のピアスを注意してくるけど、自分もついとる。人のこと言える立場やないし、説得力も皆無。
「自分もな」
と言うと、自分は二つしかないからええんやとか。校則違反は個数の問題なんか。って、んなわけあるか。二つも五つも変わらんやろ。
「個数の問題ちゃうやろ」
つい、笑みがこぼれた。
俺、今笑た?しかもむっちゃ自然に、女に。ありえへん。こんなん、俺やない。俺は、女が嫌いで。女に笑たりしない。なのに…。
「何でつけたの?」
ピアスを見ながら尋ねるもんやから、俺は無意識に耳のピアスを触った。
「これないと落ち着かんねん」
一番の理由は落ち着かんから。毎日欠かさずつけてるピアスを今更外されへん。それに、耳に何もないと嫌な記憶が蘇る。でもそれは我慢できる。やってもうかなり前のことやし。
「それに…」
落ち着かん以外にも理由がある。
風紀週間で捕まりたかった、から。
謙也さんと名字が仲良うしとんのを見るとイラッとした。今まで名字に一番近い男は俺やったのに、って。
何でやろな。謙也さんが名字の隣にいたってええ筈やのに。謙也さんはああいう人やから、誰にでも優しゅうする。名字を一人の後輩としか見てないのもわかってんねんけど。
「…何も」
危うく口を滑らすとこやった。これを名字に言うたかて何にもならへん。わかってる。
「うわ…」
名字が声を上げた。ポケットから携帯を出す。携帯を見て、またポケットになおす。
何があったのか聞くと、謙也さんを待たせとるとか言いよる。つまり今のは謙也さんからのメールっちゅーこと。メアド交換してるんや。やっぱり何や負けた気持ちになる。
「じゃ」
名字が走り去る後ろ姿を呆然と眺める。
待たせとるって、何でなんや。謙也さん、待つのめっちゃ嫌いやん。何で待ってまで一緒に帰るん?
モヤモヤが積もってばっかりや。
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