担任からの呼び出しは大したことじゃなかった。


提出物が一度も出てないとかなんとか。出すのを忘れてたんじゃなくて、ただ知らなかっただけなんだけど。あたしはホームルーム中も寝てることが多いせいで話を聞いてないから。



「遅れましたー」



体育倉庫に行って重い扉を開けると謙也さんが珍しくブスッとした顔で、掃除をしていた。あたしの声で振り返って小さく息を吐いた。



「遅いわ」

「先生に呼ばれてて」



あたしは何も悪くない。大した用事もないのに呼び出した担任が悪いじゃない。



「連絡せぇよ」

「謙也さんの連絡先知らないし」



財前にしてもらおうと思ったらいないし。一応連絡しようとしただけ偉いじゃん。



「え、俺メアド教えてへんかったっけ」



謙也さんはポケットから携帯を出して弄る。それから、あ、と言ってあたしを見る。



「名字、携帯持っとる?」

「どーぞ」



ポケットから出して謙也さんに渡す。謙也さんは両方の携帯を向き合わせてアドレスを交換していた。



「ほい。何かあったらメールしてや」

「はい」



あたしの手に戻ってきた携帯のアドレス帳には忍足謙也って名前が入ってた。

やっぱり忍足先輩は謙也さんのことだったらしい。



「心配してたんやで」



謙也さんはもういつもの顔に戻ってた。箒を動かしながらあたしを見る。あたしも箒を持って掃除を始めた。



「サボったんじゃないか、ってことですか」

「いやいや、そこまで信頼なくないで。何かあったんやないかって」



何かなんてあるわけない。


親しい人付き合いもしてないし、いじめられたりするほど目立つことはしてない。

目立つのは見た目だけだ。



「それはありえない」

「そうか?わからんで。財前とも仲ええみたいやし」

「財前?」



聞き返すと謙也さんはしまったって顔をした。口を滑らしたらしい。


あたしに何かあるのと財前が関係あるのか。確かに財前が女子と話すのは珍しいんだろうけど。



「何もないわ。忘れてや」



慌てて否定して謙也さんは誤魔化すように無理矢理笑った。嘘がバレバレだって。



「財前とは教室では仲良くしてないから大丈夫ですよ。教室でなんて殆ど話したことないし」

「そうなん?」



未だに教室ではピアスって呼んでるくらいだ。誰から見たって仲良く見える筈がない。



「理由はわからないけど女嫌いみたいだから」



前に一度熱があるのかと思って額に触れようとした時、怯えたような瞳で拒絶された。告白してくる女子は冷たくあしらう。ただ話す時だって威嚇するように鋭い視線を向けている。


女嫌いの理由はきっと一つじゃない。嫌な記憶があるんだ。だから自分から遠ざけようとしてる。



「理由なんて知りたいとも思わないけど。別に全てを知らなくても財前は財前なんだから」



あたしは今の財前しか知らない。過去に何があって今の財前になったのかわからない。

もしかしたらその出来事がなかったら、例えば部長や謙也さんみたいな人になってたかもしれないけど。でも二人みたいな財前を想像したら気持ち悪かった。やっぱり今のままでいい。



「…財前が名字は違うって言うた理由がわかった気ぃするわ」

「は?」

「何でも!!ほらさっさと掃除してまうで」



謙也さんはにっこり笑って止まっていた手を動かし始める。



難波のスピードスターや、とか言いながら。



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