数学準備室のごみ袋を結んで、帰り際に謙也さんと二人で捨てに行く。学校の敷地内にはあるものの校舎から少し離れた収集所は一度外に出なければいけない。



「さっむ」



冬の冷たい風が容赦なく吹き付ける。


マフラーとかいい加減出さなきゃ。でもあの家のどこにあるんだ。自分の家なのに全くわからない。



「そら寒いやろ。マフラーは?」

「そんなもんない」

「アホか。風邪ひいたらどないすんねん」



謙也さんはあたしの首に自分のマフラーを巻きつけた。寒ない?と聞かれて、コクリと頷いて見せる。謙也さんは笑って歩き出す。



「財前と似てますよね」

「は?どこがやねん」



謙也さんの反応は当然のこと。普通に見たらどこも似てない。髪の色も、普段のテンションも、笑顔も。

でもこうやって、自分だって寒いのにあたしをあったかくしてくれたりとか。財前も学ランを貸してくれたことがあった。

二人とも優しいんだ。



「優しい、かも」

「かも、ってなんやねん。しかもどこが優しいんや。とくに財前」

「あれはあれで優しいんですよ。どーでもいい話に付き合ってくれたりとか」

「それは絶対話聞いてないだけやで」



そんなことはない。ヘッドホンも外してるし、相槌をうったりツッコミ入れたり、たまには笑う時もある。話は一応聞いてくれてる。



「あと学ラン貸してくれたこともある」

「ほんまか!?」

「ほんまッスわ」



吃驚した謙也さんの顔が面白くて、財前の真似をしてケラケラ笑うと謙也さんは足を止める。そんなに驚くことなのか。



「意外やな」

「財前が優しいってそんなに意外ですか?」

「優しいっちゅーより、女の子と話してるんが意外」



あぁ、それ確か部長にも言われたことがある気がする。二人の言うとおり財前が女子と話してるのはほとんど見たことがない。

勿論告白以外では、だけど。でも告白も相当酷いフり方をしてるらしい。



「あたしとは普通に話してますけど」

「名字が特別なんかもな」



謙也さんはあたしの頭にぽんと手を置いた。謙也さんの手はいつも温かい。



「特別か。サボり仲間だしな」

「サボったらあかんやろ」

「財前もよくサボってます」

「ほんまか」



白石にチクったろ、なんて言って謙也さんは笑う。


謙也さんは財前と違ってよく笑う。だからこっちまで意味もなく笑えてしまう。


またこうやってあたしを変えていく。



「お、噂をすれば財前や」



マフラーをしっかり巻いてヘッドホンをしてる財前が校舎から出てきた。マフラーしてても寒いのか手をポケットに突っ込んで不機嫌な顔をしてる。つかヘッドホンは違反じゃないのか。



「財前」

「あぁ、違反者さんやないですか。ごみ袋似合っとりますね」



ヘッドホンを外して謙也さんの前に立つ。謙也さんの手には出しに行く途中のごみ袋。



「喧しいわ!!」

「謙也さんがな」



大阪の人は何でこうテンポよく話すのか。あたしには甚だ疑問だ。あの常に低テンションの財前でさえそうなんだ。



「今帰りなん?」

「呼び出されてて」

「誰に?」

「…教師ッスわ」



あたしをちらっと見て、一回瞬きしてから答えた。



「大丈夫か?」



謙也さんが少し険しい顔で聞く。

教師に呼び出されたくらいで心配しすぎだろう。別に優等生でもない財前なら呼び出されてもおかしくないのに。



「別に」

「さよか。ほなな」



財前の肩を叩いて通り過ぎて行く。ちょっと、あたしを置いてくなよ。



「名字」



走って謙也さんを追いかけようとしたら、財前に呼び止められた。何だか不安げに黒い瞳が揺れている。



「どしたの?」

「…何もないわ」



財前はスタスタと歩いて行ってしまう。意味もわからないまま一度だけ財前の背中を見て、あたしはまた謙也さんを追いかけた。



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