学校についてばらばらに教室に入った。


俺は部室で寝てたことにして、名字は普通に遅刻してきたことにしてた。相変わらず女三人が名字に集まっとる。



昼休みには部長が来た。


女たちはちらちらと部長を見る。部長はどの学年にも人気があるし、部長を知らん人はほとんど居らんやろう。部長も部長でそんな視線には慣れてんのか全く気にせず俺を呼んだ。



「何スか」

「昨日名字さん大丈夫やった?」

「本人に聞いたらええやないですか」



例の三人に囲まれる名字を呼ぼうとしたら部長に止められた。



「わかっとるくせにそうやって俺を試すなや」



部長は呆れたように言う。わかっとる。名字を心配して来たんやない。俺を心配して来たんや。

さしずめ、自分で名字を押し付けたけど、朝練に来ない俺に何かあったんやないかって思ったんやろう。



「別に何も心配するようなことはないッスわ」



吐いたり触れられそうになったりはあったけど、そんなにたいしたことでもない。名字は何も悪くないし、わざわざ部長に言うまでもないやろ。



「なら良かった。午後の練習はでぇよ」

「はい」



部長は教室の中に一度目を向けて一瞬笑ってから、ほななと言って帰って行く。



部長が行ってから俺も教室を出た。勿論行き先は視聴覚室。午後一の授業が古典だから。


どうせなら古典の授業が終わってから来れば良かったわ。



「いると思った」



俺が視聴覚室でいつもの席に座ってぼーっとしてたらやっぱり名字も来た。名字も俺の前に向き合うように座る。



「部長と目合った気がするんだけど何か言ってた?」

「別に。体調気にしとっただけや」

「あっそ」



名字はやっぱり興味なさげに、机に腕をついてその上に顔を乗せた。この格好は気に入っとるらしい。



「ねぇ、財前」



そのままどこかに視線を向けながらぼそっと呟く。暗く、何かを哀れむような瞳。それはいつものこと。



「あの子たち友達だった。友達だからメアド教えてって」

「へー」

「友達って不思議だよね。久しぶりに笑ったや」



さっき教室で名字は少しだけやけど、ほんま微かにやけど、笑顔を見せていた。ほんの少し口角がアガる程度で見る人が見んとわからへんくらいやったけど。でも俺は初めて見た。


もうひと月以上もこうやって視聴覚室で会ってるけど、一度も名字が笑ったことはなかった。

つまんなさそうな顔か、暗い顔か。そんな顔ばっかりしてるのが常や。



「あの子たちが友達なら財前もだなぁって思った」

「は?」

「財前といると楽」



そのままの体勢で俺を見上げる。そしてにこっと笑った。俺は驚いて口元に手を当てて目を逸らした。


ヤバい…俺、もしかして…



「財前?顔赤いよ。今朝もだったけど。もしかして風邪うつった?」



触るなって言ったんをまもってるんか、今朝みたいに触れてこようとかはしない。ただ起き上がって不思議そうに俺を見る。


やっぱり顔は赤いらしい。

勿論風邪なんかやない。でもその理由には気づきたくない。気づいたらあかん。苦しいだけや。



「別に」



できるだけ平然を装って答えると、ふーんと言ってまた元の体勢に戻った。そして目を瞑った。きっと寝るつもりやろう。



俺は名字を見下ろす。


髪は茶色やし、ピアスもしててサボり魔。ただの校則違反者やと思ってた。


せやけど大きい目とか華奢な体とか笑った顔とか、そういうんを知れば知るほど、俺の中の何かが変わってく。

もしかしたら名字なら俺の忌まわしい記憶を消してくれるんやないか、なんて思い始めとる自分がいる。


ほんまはそんなん考えたらあかんのはわかってる。俺は女に近づいたらあかんから。お互いに傷ついて傷つけて、ボロボロになるだけなんや。



好き、やない。俺は別に名字のことは、好きやない。絶対に好きやない。ただのクラスメートや。好きになったらあかん。



何も、知りたくない…。

何も、考えたくない…。




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