いきなり倒れ込んできた名字を受け止めないわけにも行かず、反射的に抱きとめる。



腕を引かれた時、ガラにもなくびびって、俺はその手を振り払おうとした。

いくら他とは違うと言っても名字が女なことに変わりはない。せやから触れられて一瞬で吐き気を催した。



あかん、やっぱりまだ女は無理や。



そう思ったのに倒れてくる名字を放置することはできんかった。仮にも知り合いやし、な。



俺の腕の中の名字はやっぱり苦しそう。歩いてる間に熱が上がったんかもしれん。



チャイムを押す。親か誰かが出てくればそれでことは済む。その筈やのに何も物音がしない。

こんな立派なマンションに一人暮らしなんて普通の高校生ならあり得へん。もしかしたらまだ夕方やし帰って来てへんのか。



「どないせぇっちゅーんや…」



本日二回目、名字を横抱きにして管理人のとこへ行く。管理人に事情を説明して名字の部屋の鍵を開けてもろた。



「名字さん、女の子で一人暮らしやから心配しとってんよ。頼ってええって言っとるんやけどねぇ」



管理人は倒れてる名字を見て苦笑いする。



「おおきにね」



何故か管理人にお礼を言われ、その後すぐに戻って行った。



俺は名字を抱きかかえたまま部屋に上がった。必要以上のものが何もない、殺風景な部屋。正直女の部屋らしくはない。


寝室を見つけて、ベッドにそっと下ろす。


そして俺は勝手にトイレを借りて、吐いた。

いくら名字でも無理やった。いきなり触れられて、嫌な記憶がフラッシュバックした。気持ち悪い。



「ゲホッ…」



吐く物もないのにゲホゲホと吐き出すから胃液が上がってきて、さらに気持ち悪さが増す。

最悪や。かっこわる…。



「情けないわ、これくらいで」



胸の辺りをぎゅっと握る。自分を嘲るように笑って、吐いた後を片付けた。

まだ癒えてない俺の心の傷はいつになったら治るんや。もう大分前のことなのに。



「ぅ…ん…」



名字の様子を見て帰ろうとしたら、声がした。起きたんか思って呼びかけるけど反応はない。ただの寝言か。



「ごめん…ごめ…なさい…」



苦しそうに何度も何度も謝る名字。弱々しくて、壊れてしまいそうで。



「…いか、ないで……」



ドキッとした。俺に言ってる筈はないのに。いつもと全然違う名字を前に固まる。


そこには何にも興味を示さない普段の名字はいなかった。

泣きそうに顔を歪めて、はぁはぁと息をする名字。何かしてやりたいのに、何もできひん俺。



「しゃーないわ」



俺は名字の寝るベッドに背を凭れて座った。別に俺に言ったわけやないけど、一人になりたくないんやったら。今だけは俺が一緒にいたるわ。



何故かさっきみたいな気持ち悪さは湧いてこなかった。




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