多分熱があるんやろう。触れられないから確認は出来へんけど。でもめっちゃ苦しそう。
何もしてやれへん自分がもどかしい。やっと女と普通に話せるようになったような俺は、まだ触れることはできない。
苦しそうな名字を前にしてもただ見てるしか方法がない。
「…っ」
名字は寝とるけどまだ顔を歪めてて。何度も額に触れようと思うのに寸前で手が止まってしまう。
「っくそ」
手が痛いくらいきつく握り締めて名字から目を逸らした。
一度目を瞑って大きく息を吐く。
落ち着け、俺。
「名字…」
寒いのかカタカタと震えとる。俺は学ランを脱いで名字にかけた。
とにかく保健室に連れてった方がええ。
でも今は授業中やし、誰か呼ぶわけにもいかへん。先輩らが授業サボってるなんてありえへんし。
せやったら逆に養護教諭呼んでくるか。…いや、そんなんしたらここ使えんくなる。
「やっぱり、俺が連れてくしかないやんか」
もう一度視線を名字に移す。何度か呼びかけてはみるけど起きる気配はない。
「…しゃーない」
俺は名字の横に立つ。抱きかかえてけばええ、とはわかってもできない…。でもほっとくわけにもいかんやろ。
「大丈夫…名字は寝てる。何もしてけえへん。大丈夫…」
自分に暗示をかけるように呟く。
名字はあの女らとは違う。大丈夫。絶対、大丈夫。
俺は意を決してそっと名字を横抱きにした。
震える手に力を入れて、壊れ物を扱うように細心の注意を払う。細すぎて軽い名字の体はやっぱり熱くて、結構な熱があるんがわかる。
何で今日休まんかったんや。
授業中で良かった。不幸中の幸い。
女抱えて歩いてんの見られたらいろいろ、ヤバい。
そんなに遠くもない保健室にたどり着いて入った。教師は居らん。
とりあえず空いとるベッドに名字を下ろして布団を掛けた。
今なら触れられる気がして、起きへんように額に触れるとめっちゃ熱い。
けど俺には対処法がわからん。こんな時に限って何で教師居らんのや。
名字の眠るベッドの隣に椅子を持って来て座る。ただ隣に居るだけ。
苦しそうな名字に何もしてやれへん。だからせめて教師が来るまで一緒にいたろう。
「失礼します」
相変わらず教師はけえへんけど聞き慣れた声が入って来た。いつの間にか授業は終わってたらしい。
「部長…!!」
「財前!?」
俺が保健室に居ることが意外やったんか部長は驚いた顔をした。そしていつもの心配する顔になる。
「何で財前が保健室におんねん。どないした?何かされたんか?」
「ちゃいます」
俺はめったなことがない限り保健室には来ない。
ここの空気は好きやない。それに何よりここにはベッドがあるから危険。
そんなとこに俺から来る筈がない、と部長は知ってる。
「ほなら、」
「部長、熱あるんスわ」
「は?え?熱?」
部長の手が伸びてきて俺の額に触れた。
いやいや、俺やない。熱あったら帰ってるやろ。
「俺やなくて、あれ」
ベッドを指差すと部長はそこに近づく。名字の顔を見て部長はまた驚いた。
「この子…」
「結構高いみたいなんやけど、俺何したらええかわからんのですわ。せやから、頼んます」
「お、おん」
部長は慣れた手つきでいろいろ用意して名字に施してく。部長が来て良かった。俺じゃ何も出来へん。
「結構熱あるな、この子」
名字の額に触れとる。部長はやっぱり俺とは違う。俺はそうするのに何度躊躇したか。
「財前、聞いてもええか?」
「何です?」
やることを全部終えたんか部長は俺んとこに向き直る。
「あの子運んだん自分なん?」
「他に誰が居るんスか」
「でも、」
「熱あったらさすがにほっとけんでしょ」
部長が聞きたいことはわかっとるけど、あえてその話を避けた。
自分でもようわからんのや。名字に触れられたんは多分寝てたからや。
でも普通の女ならいくら寝てても多分触れん。それに熱があるからって保健室に運んだろうなんて面倒なこと思わへん。
何やろ、何かが違う。わからない。
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