ポケットを探してもイヤホンがない。鞄の中に忘れたみたいだ。それに気づいたのは財前が教室に帰ってから割とすぐ。
財前は古典が苦手らしく古典の授業をよくサボる。そして今日の一限は古典。
あたしは財前が視聴覚室にいる時はイヤホンをしない。だから鞄に忘れた。仕方なく取りに行くと教室の前で財前といつかのイケメンと金髪が話してた。
はっきり言って邪魔だ。だって教室に入れない。
「すいませーん。ちょっと退いてもらえますかー?」
声をかけると堪忍な、なんて言いながら退いてくれる。よしよし。さっさとイヤホンとって戻ろう。
あたしは本当にイヤホンだけをとって視聴覚室に戻った。
口にはミルクキャンデーを放り込んで、空腹を紛らわす。イヤホンをゲームに差し込んで音を少し大きくする。うん、やっぱりこれだよな。
ステージクリアしたところで机がコンコンと鳴った。財前だ。例の如くイヤホンを片耳だけ外して見上げる。
「何?」
休み時間に財前が来るのは珍しい。サボる時しかいつもは来ないのに。
「オサムが呼んどる」
「え、あたし渡邉センセには何もしてない」
担任でもない渡邉センセに呼ばれる意味がわからない。あたしが数学で酷い成績をとったとか、そういうのはあり得ないし。そもそも小テストとかさえ受けてないしね。
「知らんわ。ええからオサムんとこ行け」
財前が何だか不機嫌に言うからあたしは仕方なく職員室へ向かう。
ゲームの続き気になるっていうのによくも呼び出してくれたな、あのチューリップハット。あたしに何の用だよ。
「渡邉センセ、いますか?」
「渡邉先生なら多分数学準備室よ」
近くにいた先生が教えてくれた。数学準備室ってのはどこにあるんだろう。さすがにそんな細かい教室は把握してない。てか呼び出しといていないとかどういうつもりだ。
数学準備室の場所を聞いてそこに行く。ノックすると、渡邉センセらしい気の抜けたような返事が返ってきた。
「お、名字ちゃん。よう来たなぁ」
呑気過ぎる。よう来たなぁ、って呼び出したんじゃんか。
「渡邉センセが呼び出したんじゃん」
「せやねん、名字ちゃんにお願いがあんのや」
渡邉センセのお願いって言うのが実は、授業にちゃんと出て欲しい、とのこと。何で担任でもない奴に言われるのかとムッとすれば、渡邉センセは苦笑いした。
「名字ちゃんの担任の先生がなぁ、何や俺の言うことなら聞くかもしれんて言うんや。何でやろなー」
確かに担任の言うことなんて絶対に聞かない。だってただウザいから。その点ガミガミ言ってこない渡邉センセは素直に言うことも聞いてしまいそうになる。
「あのテニス部の顧問なんやから問題生徒の一人くらいお手のもんやろ、って。テニス部別に問題生徒ちゃうし、白石居るから俺は何もしてへんのにな」
渡邉センセは笑う。
財前の話ではテニス部はそれなりに問題生徒がいると思う。ピアスも染髪者もサボリ魔もいるそうな。それのどこが問題生徒がいない、だ。ただそういうのを纏めてる二年の出来た部長がいるらしいけど。
「でな、俺よう考えたんやけど、名字ちゃんあんまりサボっとると単位とれんで進級できへんで」
渡邉センセはさっきまでの面倒くさそうな顔と変わって真面目な顔で言う。
「俺の授業だけやったらちょっとくらい書き換えたってもええんやけどなぁ」
わかってる。義務教育を終えているあたしらに単位というものが発生してるのは。そしてそれがないと進級も卒業もできない。そんなの常識だ。
「わかってるけど」
「財前やってちゃんと授業でとるやろ」
「何で財前が出てくんの」
そういや何であたしは財前を通して呼び出されたんだ。おかしい。あたしと財前は表面的には話すらしたことないクラスメートのはずだ。
「財前も最初のころサボリ魔やったから。せやから財前なら名字ちゃんの居場所わかる思ったんや」
渡邉センセはあたしの疑問を予測してピタリと当てはまる答え返した。財前がサボリ魔か。今だってサボってるけどな。
「少しは授業でぇよ」
「…考えとく」
「名字ちゃんはええ子やからちゃんと授業出るってオサムちゃん知ってんで。せや、授業出たら1コケシやろう」
渡邉センセはあたしの頭を撫でた。1コケシって何なんだ。
何が良い子だ。
ピアスに染髪にサボり、どれも校則違反で良い子じゃないのに。なのに渡邉センセはあたしのこと良い子って言うんだ。
これが虚勢であって、強がりなことを知ってるみたいに。
−10−
戻る