自分がおかしいのは重々承知や。

俺だけの場所やった視聴覚室の鍵を渡したり、自分から話しかけたり。オサムに負けたみたいで悔しくなったり。



俺の中で確実に何かが変わってた。



名字という女のせいで。



「財前…?」



まさか自力で思い出すとは思わんかった。どうせまた適当な名前を口にするやろうと思ってた。せやのに名字は予想外に俺の名前をちゃんと言った。

驚いた。しかも何や嬉しなって。何で。名字呼ばれただけやで。別に今まで通りピアスて呼ばれてても何の問題もない。それなのに名前で呼んで欲しいと思った。



そんな自分がわからんくて顔を歪めた。



「財前光」



そして初めて名前まで名乗った。


光。


別に自分の名前は嫌いやない。でも女に呼ばれるんは嫌い。だから名字にも名前までは名乗らんかった。はずなのに。



「財前…光…」



綺麗な形の唇が俺の名前を呟いた。冗談で「覚えとけ」て叩こうとして手が伸びた。これが男相手なら絶対に叩いてた。でも名字はどう見ても女。女やから手をだせない。

というより、俺は女には触れられへん。女の声で光と呼ばれるのやってほんまは嫌い。呼ぶ奴居らへんけど。

















「あ、昼だ。じゃーね」



午前最後の授業の終了を告げるチャイムが鳴った。俺は弁当を食べに教室へ戻る。名字は昼すらも視聴覚室にこもりっぱなし。


あいつ、単位とか大丈夫なんやろか。このままやと確実に進級できん。



「やーっと帰って来よった」



俺の教室の入り口に立ってる二人の先輩。
難波の金髪ヘタレスターとエクスタ聖書部長。


珍しいことでもない。中学の頃から、レギュラーやった俺や金太郎にはよく絡みに来てた。まぁ、今は単に俺がレギュラーやからってわけやないけど。女に対する牽制も込められとるやろう。



「邪魔で入れんから退いてもらえます?」

「あー堪忍なー…ってちゃうやろ。お前に会いに来たっちゅー話や」

「謙也さん、ウザいっすわ」



俺は相も変わらず喧しい謙也さんをシカト。そのまま教室に入ろうとしたら部長に肩を掴まれて引き戻される。



「授業サボったらあかんやろ」



あぁ、バレた。そらそうか。授業終わって数分でいなくなるはずないし。



「部長、どこの母親っすか」

「白石が母親とかキモッ。毒殺されるわ」

「謙也うるさいで」



たまに、ほんまにたまにやけど、先輩らに守られんでももう平気やのにって思うことがある。

俺かてもう高校生なわけで。女に力で負ける筈はないし、そもそも体格かてええ方やと思う。


部長や謙也さんたちがこうやって来てくれるんは正直ありがたいけど、いつまでもこうしてられるわけもない。



「すいませーん。ちょっと退いてもらえますかー?」



先輩らの背後で声。

部長も謙也さんもでかいから声だけやと誰かわからんかった。二人が堪忍な、とか言いながらそこを退くと、その声の正体は名字やった。


名字は何事もないかのように教室に入って、鞄から何かを取り出してまた出て行った。多分向かった先は視聴覚室。


部長や謙也さんに目もくれないで行ってしまう名字はほんまに他人には興味がない。この人ら居ったら普通絶対に見る筈や。



「財前、今の子、この前コートに来た子やろ」

「そうっすね」

「何もされてないん?」

「別に」



部長は何を心配してるんや。あいつは、そんなやつとちゃう。確かに見た目はアレやけど、他人に興味がなくて、俺にも興味がなくて。名前やってなかなか覚えんかった。

あの諦めの目が何に向けられてんのか、それはわからんけど、俺と似てる。だから大丈夫。



「何かあったらすぐ言うんやで」

「謙也さん、心配し過ぎっすわ。で、何か用すか。早よ飯食いたいんすけど」



謙也さんが大真面目な顔で言うもんやから少し笑えた。中学卒業以来もうあんなことは起きてないというのに。



「今日はミーティングになった。あと、オサムちゃんが財前んこと呼んどったから後で行きや」

「はぁ。そんだけすか」

「おん」



メールでええやん!!なんてベタなツッコミは入れない。二人が理由を付けて様子を見にきたんは知っとるから。



「わかりましたわ」

「ほなな」



二人は二年の教室に帰って行って、俺も飯を食うために教室に入った。


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