ピアスが、わからない。



いきなり屋上に現れて視聴覚室の鍵をくれて。いや、ありがたいけど。あたし視聴覚室好きだし。これから好きに出入りできるんだと思うと嬉しいけど。

でもそうじゃなくて、何故いきなり。あたしがどこにいてもピアスには関係ないはずなのに。



それともう一つ変化が起きた。



ピアスは視聴覚室で話しかけてくるようになった。部活の話とか教室での話とか他愛もない話しかしてないけど。

それでもピアスは一部を除いて他人になんて興味がないと思ってたから、意味がわからない。あたしと話すメリットなんてないだろうに。



「自分何でそんななん?」

「そんなって何?」



ゲームから目を離さずに聞き返す。あたしもピアスがいるときはイヤホンをつけずにゲームをするようになった。ピアスのせいであたしも少しずつ変化してる。



「校則違反」



あぁ、校則違反ね。染髪にピアスにサボり。あたしはきっと問題児だ。あ、児じゃないか。問題生徒だ。



「ピアスだってピアスしてるしサボってんじゃん。それにピアスの先輩にも金髪いたし。あたしだけじゃない」



そう、あたしだけじゃない。それなのにあたしだけ注意されるのはおかしいじゃないか。



「ええ加減ピアス呼ぶんやめや」

「何で。わかりやすいじゃん」

「そういう問題ちゃうわ」



じゃあどんな問題だ。て、聞いたらゲームを取り上げられた。あー、いいとこだったのに。



「ピアス、ゲーム返せ」

「俺の名前呼んだらな」



ピアスの名前ってなんだっけ。何回も聞いたんだけどな。やっぱり興味ないから覚えらんないんだな。



「斉藤くん」

「誰やねん、斉藤て」

「あれ、違ったか」

「…ほんまに覚える気ないんやな」



ピアスは呆れ顔であたしにゲームを返して、いつもの席についた。あぁ、ピアスのせいで負けてるし。最悪。萎えたわ。もういいや、今日はここまでにしよう。



「名字」



あたしがゲームがやめたのを見てピアスがひらひらと手招きをする。あたしは素直に従ってピアスの前の席に後ろ向きに座る。話しやすいからピアスと話す時はいつもこうやって座る。



「名前思い出しや」

「えー、めんど。別に名前なんて何でもいいじゃん。ピアスで通じるんだから」



実際あたしが知ってる名前は担任と渡邉センセだけ。生徒の名前は誰も知らない。それどころかクラスメートの顔さえわからない。

それでいうとピアスはかなりましな方だ。顔もわかってるし、こうやって言葉も交わすのだから。



「なんやオサムに負けた気ぃするからあかん」



オサムって誰だ、オサムって。あたしの知ってる人でオサムって奴いないぞ。だから負けてないよ。



「誰?」

「数学の教師。渡邉って居るやろ。あいつ部活の顧問なんや」



オサム=渡邉センセ、か。確かに名前覚えてる。サボりを見逃してくれるチューリップハット。

なんとなくよく話しかけてくれるから覚えた。あの人テニス部の顧問だったんだ。若そうなのにちゃんとできてんのかな。



「あ、」

「あ?」

「思い出しそう、ピアスの名前」



えーっと…何だっけ。テニスコートでイケメンが名前言ってたよね。ざい…ざい…あっ!!



「財前…?」



窺うように聞けば、ピアスはさっきまで不機嫌な顔だったのに目を大きく開けてびっくりしてた。そしてまた顔を歪めた。


あれ、財前じゃなかったっけか。間違えたかな。




「財前光」

「え?」

「俺ん名前」



財前であってた。というか名前まで名乗ったのは初めてだ。今までいつも名字しか名乗らなかったのに。



「財前…光…」

「覚えとけ、アホ」



名前を呟くと手が伸びてきた。叩かれると思ったけど、その手は何もせずに戻っていった。



「…ピアス呼ぶん禁止や」



ピアス…財前は窓の外に顔を向けた。





また、財前にあたしの一部が変えられた。



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