一日が過ぎるのが遅く感じるのは少なからず緊張というものをしてるからかもしれない。
決めたんだ。
励ましてくれた部長には悪いけど、今日これを渡して最後にするって。好きだから、財前の中にとどまりたいとは思うけど。好きだから、もう忘れてほしいとも思う。
他クラスより幾分早くホームルームが終わって、財前はそそくさと教室から出ていった。勿論それは委員会に真面目だからなわけではなくて、教室で足止めをくらうのが嫌だからだろうけど。
「なんやぁ、財前くんもうおらへんやん」
「チョコ渡し損ねたー!!」
他クラスもホームルームが終わったのか徐々に入り口に女の子が増えていくけど、お目当ての財前は既にいないとわかると、そのまま去っていく。
あたしはそんな女の子たちを尻目に教室を出る。
行き先は、図書室。
財前は必ずそこにいる。何故だか委員会はサボらないあいつならいるはずだ。
自然と早足になる。スカートが捲れそうになるのも気にせずに階段を一段飛ばしで上がる。うちの学校の図書室は特別教室棟の3階だ。速く、速く、もっと速く。
走ったわけでもないのに息切れ気味でたどり着いた図書室の前。閉まる扉の前で立ち止まる。小さく深呼吸をして扉に手をかけた。
「受け取ってすらもらえへんの…?」
そこで聞こえた震えた女の子の声に、開けようとした手の動きを止める。それは明らかに財前にバレンタインのお菓子を渡している言葉で、そして財前が断ってることを想像できる言葉だった。
あぁ、やっぱり。あいつは部長や謙也さんみたいに優しく受け取ったりはしてないんだ。そうだろうとは思ってた。予想通りと言えば、そうだ。
「知らん女が作ったもんなんて食いたない」
低い、冷たい声が聞こえる。不機嫌なんだとわかる声色。きっと顔は眉間に皺を寄せて、鬱陶しいと言いたげな目で女の子を見てるんだろう。
「はよ俺の前から消えろや」
その言葉が聞こえてすぐに、閉まっていた扉が勢い良く開いた。あたしは隠れる術もなくただ立ち尽くす。彼女は涙をいっぱい溜めた目を大きくし、下唇を噛んであたしを睨み付けた。そしてそのまま走り去った。
財前はまだあたしに気づいていない。この学校の図書室は貸し出しカウンターの斜め後ろが入口だからだ。
彼はため息を吐いて、ヘッドホンをした後に目を瞑った。
その姿は視聴覚室で見ていた姿そのもので。まるで視聴覚室のあの席にいるみたい。そう時間もたっていないのに遠い昔のように感じさせる。なんだか懐かしい。
静かに財前に近づく。きっとヘッドホンをつけている財前には何も外界の音は聞こえていない。目の前に回って、目を瞑る綺麗な顔を見つめた。
あんたは今何を思ってるの。あたしのことなんて微塵も考えてはくれていないの。少しでも心に残してくれていることもないの。
…それでもいいか。大丈夫。拒絶されても。もう終わりにするんだ。あたしじゃあんたの心の傷は癒せなかったから。
あたしは救われたよ。だから財前、お礼くらいはさせてよ。
覚悟を決めて、机をコンコンと鳴らした。
視聴覚室でのあたしたちの合図だったのを思い出しながら。
−86−
戻る