部長に財前の分のバレンタインがあるのかと聞かれて、素直に頷い た。一応とか考えて用意したものの、渡す気は全くなかった。

誰かにあげるか、自分で食べるか、あるいは最悪捨てるか、そんな気持ちでいたんだ。



「せっかくあいつのために作ったんやから渡そうや」

「…」



そうは言っても、だ。


渡す以前に財前との連絡手段は断ってしまっている。まぁクラスが一緒なんだし、なんなら部長に連絡をとってもらえばいいんだけど。

でも今更どんな顔をしてこんなもの渡せばいいって言うの。あたしはもう、フラれているっていうのに。



「一つええこと教えたろうか」



部長はあたしの頭を撫でて顔を覗きこんだ。にっこり笑ってそれが悪い笑いにも見える。



「あいつ今日委員会やねん」

「委員会…」



財前は図書委員だ。本の貸し出しとか、整理とかをする委員会。月に一度担当が回ってくるのは知ってるし、一度だけ図書室で財前にも会ったことがある。あの時、財前は仕事もしないで試験勉強しながら寝てたけど。



「他にも渡してる女の子も居るかもしれへんけど、少なくとも委員会があるからあいつは逃げられへんで」



普通にサボりそうな財前なのに意外にもちゃんと仕事はしている。というか基本的に図書室を利用する人が少ないから、部活をサボって寝てるだけだと思う。



「名字さん、やらない後悔よりやる後悔やで。可愛えんやから頑張りや」



部長はウインクをして、あたしの肩を軽く叩いた後、渡したバレンタインの袋を持って出ていった。






保健室から教室に戻れば入り口には人だかり。しかも他クラスの女の子ばかり。きゃあきゃあと騒いで煩い中には、財前という名前が飛び交っている。

つまりみんな財前にバレンタインを渡しに来たわけだ。



「邪魔なんだけど」



教室に入れないあたしが苛ついて声を上げれば、目の前の人だかりはばっと振り向いて静かになった。そしてひそひそと話し出す。


内容が聞こえなくても、その目が何を言いたいかなんてわかる。

一時期周りにも見てとれるほどあたしたちは仲が良かった。それが今では目も合わさない。大方この人たちはあたしが財前にフラれたと思ってるんだろう。良い気味だって心の中で笑ってるんだ。

確かに間違ってはいないけど。



「名字ちゃん、次移動やで!!」



そんな視線が突き刺さる中でも変わらない笑顔を向ける3人の友達。能天気というかなんというか。


あたしは入り口の人達に目も向けずに3人に近づく。

通りすがりに聞こえたんだ。あたしを見てひそひそ言ってる内容が。



『あの子やろ、財前君に言い寄ってたん』
『自分が特別とか思ってんのか』
『最近フラれたらしいやん』



別に気にもならないけど。

どうしてこんなこと知りもしない人に言われるんだ。ムカつく。ほっといてくれればいいのに。



「さっさと行こう。どっかの誰かさん目当ての暇人になんて付き合ってらんない」



教科書を持って立ち上がる。3人はそやね、なんて言ってついてくる。
あたしは友達と次の授業の教室へ向かう。


教室内で財前が小さく笑ってたのは知らなかった。




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