俺が一年で最も嫌いな日の一つ、それが2月14日。女が甘い菓子を男に押し付ける日。
朝練のために部室に入ってくる先輩らの手には既に持ちきれない程 の包み紙。かく言う俺の手にも既に押し付けられたものが何個かある。
甘いものが嫌いとかやないけど、手作りなんて貰ても正直うっとい。部長や謙也さんは優しいから全部受け取っとるけど、俺はほぼ突き返しとる。
それでも俺の手に残るファンシーな包み紙たちは下 駄箱や机に置き逃げされたもん。
「おー財前!流石テニス部レギュラーは桁違いやな」
近くの席のクラスメートが笑いながら俺の机に置き逃げされた菓子を数えとる。俺はそれを横目にある人物を探す。
勿論それは 名字。
きっとあいつからはもらえへん。
俺はもう視聴覚室には行ってへんから会わないし、もう元の関係には戻れる筈がないんや。
名字は最近たまに笑う。しかもあの笑ってるかどうかわからない程の微笑やない。先輩らの前でも笑てた。
今まで笑顔なんて俺以外見たことあらへんと思ってたんに。俺の前だけ。俺だけが知ってた顔の筈やったのに。
いつからあんな風に人前で笑うようなったんや。
誰も信じられへんから、誰にも心を開かない。だから人前で笑わなかったのを俺は知っとる。
俺もそうやったから。やっと近づけて、笑ってくれるようになったのに。
俺はその手を自ら離したんや。
「ほんまにほんまにもらってええの!?」
「うっわ、めっちゃ嬉しい!!!」
クラスの女が騒いどる。
喧しいと思って視線を向けると、そこには探していた人物、名字と友達の三人。
「ど、どないしたんや、財前?」
「…は?」
「そない人殺せそうな目するほど嫌なんか?」
そうやない。
別に机上に山になっとる菓子たちはええ。どうせこれは金太郎の腹に収まるんやから。俺は一つも食わへん。
そうやないんや。
今、あいつ、笑た…。笑た。
クラスメートでは俺しか見たことあらへんかったのに。教室で、人前で、普通に笑た。
「なぁなぁ名字さんが笑てるで。可愛え」
「ほんまや。初めて見た」
教室のどこかでこんな声が聞こえた。
名字は、本人は気づいてへんけど、密かに人気がある。笑わへんし、必要以上他人と話さへん彼女は、大人びとるように見られてる。クールビューティーなんて言われとるのをよく聞く。
「…遠っ」
俺は呟いて席についた。もうあいつを視界に入れないように。
俺とあいつの距離はもう以前とは違う。遠いんや。何もかも。
互いを好きやと言ってたあの頃には戻れへん。 あいつは前に進んどる。
もう、俺には振り向かない。後ろばかり気にしとる俺とは違う。
焦がれてるのは、最早俺だけ。
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