「名字ちゃんは!?」
「…何?」
迫ってきたABCの目は爛々と輝いている。
元のあたしに戻りたくても彼女達との縁は切れなかった。だって一々構ってくるから。
話を聞いていなかったからいきなり話題を降られて困惑していると、にやにやとして話を続けた。
「話聞いてなかったやろー!」
「あぁ、うん、ごめん」
「だぁー!!!もう!ちゃんと話聞いといてや!」
うるさいけどある意味彼女達といるのは楽。あたしは聞いてるだけで話が進んでいくから、ただ聞いてればいい。
「せやからな、名字ちゃんはどないするん?って言うてんの!」
「は?何が?」
「も〜。来週はバレンタインやんか」
「……はぁ?それがあたしに関係あるの?」
バレンタイン…って好きな男にチョコレートをあげる、とかそんなやつだよね。あたしに最も関係ない行事じゃない。
誰に…あげるんだよ…。
「好きな人なんていないし」
「またまた〜。名字ちゃんはやっぱり財前君狙いなん?うちはな、」
「うちは白石先輩かな」
「ほなうち忍足先輩にしよかな」
わいわいと騒ぎ出す3人。そこにはテニス部の先輩たちの名前が飛び交っている。
…あたしが財前狙いなわけがない。もう既にフラれているし、拒否されている。
好きなんて思わないって決めたんだ。
あの鍵を置いてきた日に。
あの日から2週間がたってもあたしの気持ちが消えていないのは事実ではある。
けど決意したから。忘れたいとは思ってる。
そんなあたしが財前にチョコレートなんてあげる訳がない。
「あたしは…誰にもあげない」
そんなに大きな声で言ってはない。なのに3人はぴたりと話をやめた。
「名字ちゃん」
「ん?」
「好きな男にだけやないんやで。友達とかお世話になっとる人とかにもあげてええ日なんや」
お世話になってる人、あたしにそんなのいるのか。
家族なんて崩壊してるし、友達だって3人しかいない。テニス部の先輩たちは…まぁ、多少お世話になったか。
でも財前と話さなくなった今はもう彼らと絡むこともないだろう。
「財前君と何があったかはうちら全ー然知らんけど、」
「好きなんやったらチョコくらいあげたらええやん」
「どうしても抵抗あるんやった、うちらへの友チョコのついで、ってことでええからさ」
3人は気づいてたんだ。
あたしが財前のこと好きなのも。
その財前と何かがあったことも。
わかってても何も聞かないでいてくれたんだ。
友達…か。
あたしはやっぱり元の自分には戻れないんだな。3人がいてくれて良かったって思ってる。
−79−
戻る