頬が痛い。でもこの痛みは自業自得や。
名字の顔を見たら、さっき諦めた自分が情けなくなった。俺は名字が好きやのにあんな女にさえ抵抗しないなんてありえへんかった。
思わず抱き締めた名字の感触が忘れられへん。今あいつはどっかで泣いてるんかもな。
泣かんといてほしい。泣かしたんは俺やけど。
「しゃあないやん、俺は恋愛なんてできへん…」
名字…ごめんな…。
視聴覚室を出て泣きたいのに泣けないまま、あたしは数学準備室に走った。
視聴覚室をとにかく出たかった。数学準備室なら一人になれる。
そう思ったのに今日に限って渡邊センセがいた。
タイミング悪いな、このチューリップハット。
「また授業サボっとるんか、名字ちゃん」
「んー…まぁ」
椅子の背凭れに凭れて上を向き、腕で目を隠したまま答える。
今は何も悟られたくない。
「何やあったん?」
「別にー」
ほらやっぱり。
渡邊センセは理由はわからないけど気づくんだ。でも言えない。
「泣きそうな顔してんでぇ」
目を隠したってわかるのはあたしが分かりやすいからなのか。それとも、渡邉センセが敏感なのか。
「名字ちゃん、泣きたいときは泣いたらええねん。我慢する必要ないんやで?」
渡邉センセはあたしの頭をくしゃっと撫でて、パタパタと足音を立てながら数学準備室を出ていった。
「……静かだ」
風の音と、どこかの部活の声が聞こえる。それ以外は何も聞こえない。
財前は…もうあたしのこと好きでいてはくれないんだ。
頭の中を回るのはそればかり。
「…はっ。馬鹿みたい。可笑しっ…はは…」
静かな部屋に乾いた笑いだけがする。
愛されたこともない、感情もないあたしがこんなこと考えるなんてな。好きでいてほしいなんて思う方が間違えてるのに。
あの先輩が原因でもう好きじゃないって言ったのかもしれないけれど、でも当然のことだ。
あたしは財前に好かれていい人間じゃない。
───でも…
「ばか、だよ…ほんとに…。こんなに好きって、思っちゃうなんて…」
財前のことを信じて好きになって、結局裏切られた。だから人なんて信じられないのに。
それでも財前のこと、好きなんて。
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