苦手な古典の授業。
その時間によくサボる。行き先はいろいろ。保健室に屋上に空き教室。でも一番気に入っとんのは視聴覚室。

静かやし、誰かが来る可能性はほとんどない。授業で使われることもめったにない。鍵なんてパクって合い鍵作ってまえばあってないようなもんや。



俺だけの場所。誰も知らない秘密の場所。


そのはずやった。

















いつも通り鍵を差し込んだら鍵が空いてた。まさか授業で使ってんのかとも思ったけど中から授業らしき声は聞こえへん。

そっと開けてみたらやっぱり授業やない。けど一人、女が居った。確かつい最近転校してきたクラスメート。授業をサボりまくってる問題児。


女はゲームに集中してるらしく俺が入って来たことには気づかない。


髪は明るい茶色。耳には左右一つずつピアスがされとる。化粧も、ようわからんけど少しはしてるやろう。

その容姿はあまり思い出したくない過去を彷彿させる。

















「また、名字はサボリか」



教師の呆れた声ではっと我に返った。


今は今日の最後の授業。あの女、名字は朝から一度も教室に来ていない。


名字に話しかけた時、普通の女とは違う空気を感じた。何かを諦めてるような目をしとって、俺と似てるんやないかって思えた。

だからあそこの鍵を貸した。ほんまなら誰かに、ましてや女になんて貸すはずはないのに。

















結局名字は今日も授業を受けないで一日が終わった。放課後になっても現れないから部活に行ってしまう。


でも鍵が返って来るのは明日やろうと思ってた俺が間違いやった。



部長が謙也さんに呼ばれてコートの入り口に走った。俺はそんなんお構いなしにラリーを続ける。



「あの子、マネージャー志望なんかな」



謙也さんが近づいて来て呟く。部長がマネージャーなんて許す筈がないんはわかってた。半分くらいは俺のせいやってことも。多分、どんな美人が来たって部長は追い返すやろう。



「は…?」



謙也さんの言葉に顔くらい見たろうと思って、部長の前に居る女を見て固まった。俺はラリーを中断して二人に近づく。



「部長、そいつただのクラスメートっすわ」



部長と話してたんは名字やった。部長が酷く怖い顔をしとるからか、名字は少し困惑してるように見えた。



「財前」



部長が俺の方に向き直って、小声で話す。



「女の子やんか」

「そうっすわ」

「平気なん?見た感じ、安心できる子に見えへんで」



部長は俺の過去を全部知っとる。部長だけやない。謙也さんも、ラブルスの二人も、レギュラーはみんな知っとる。やから過保護な程に俺に構う。

先輩らからしたら名字もやっぱりあいつらと同じ種類に見えるやろう。どう見たって真面目には見えへんし。でもなんとなく大丈夫な気がした。

あいつらみたいに私欲にまみれてるようには見えへん。むしろ何も望んでいないように見える。



「平気、っす」



背中にじわりと汗が伝った。ほんまはやっぱり怖いんかもしれん。でも部長にそれを悟らせてはいけない。いつまでも守られてるわけにはいかない。



「名字」



俺は名字を連れてコートを出た。






案の定名字は鍵を返しに来ただけやった。心配してた部長に何でもなかったことを伝えれば、ほっとしたように溜め息をついた。


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