財前は冗談を言ってるようには全く見えない、真剣な目であたしを見ている。


予約をキャンセルって、つまり財前はあたしの隣にはいたくないってことなのか。

それとも他に理由があるのか。


わからない、財前が何を考えて何を思ってこう言うのか。



「財前はあたしのこともう好きでいてくれないんだ?」



こんなこと聞いて何になるんだろう。答えは決まってるんじゃないか。

あたしと財前は付き合ってない。でもお互いに相手を好きなことを知ってたから、予約と言って約束をした。

それを無にするということは、言わずもがなじゃないか。



「……堪忍」



視線を自分の足元に向けて目を伏せる財前はあたしにイエスの答えを出した。


とたんにあたしの心臓は握り潰されように悲鳴を挙げる。視界はぼやけ、喉を何か熱いものが込み上げる。

あたしは全てを必死に堪えて、ピアスを強く手を握り締めた。



「…こんなものいらない」



あたしは手の中のピアスを視聴覚室の床に投げ捨てた。

財前は転がるピアスを目で追う。その目には感情は何一つ含まれていない。


そんな財前を見てあたしはすぐに視聴覚室から出た。いつもより早足で歩いて、下唇を噛んだ。


本当は苦しくて、辛くて、泣きたいのに、涙はでない。ただただ失望と絶望があたしの心に渦巻く。


財前を信じたかった。財前なら信じられると思った。理由は違えどお互いに闇を抱えていたから。


でもやっぱり、あたしはいらないらしい。この世にあたしの存在意義はない。

財前が好きだと言ってくれたから、少しは自分を認めようと思っていたのに。大嫌いな自分を、少しでも好きにならきゃと思ったのに。



「はは…やっぱ嫌いだわ。涙もでないし」



あたしは乾いた声で自嘲するように呟いた。


普通好きな人に、もう好きでいられなくなったと言われたら、涙くらいでるんじゃないか。

なのに泣けない。それはあたしに心が無いからなの?

やっぱり愛をしらないあたしが人を好きになるなんて滑稽だったんだ。
信じようなんて思うべきじゃなかった。
                                                        

人は裏切る生き物だ。約束なんて守らない。わかってた筈なのにな。


でも、財前…


あんたのこと信じたかった。好きでいて欲しかった。

待ってると言ってくれた時、あたしがどれ程助けられたか知らないでしょ。



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