授業が終わるチャイムが鳴って二人で教室に戻る。今まで二人で校内を歩いたことなんてほとんどなかったけど。
「彼女でもないあたしと歩いて大丈夫?」
「別に。気にせんでええ」
ポケットに手を突っ込んで隣を歩く財前はあっけらかんとして何も気にしてなさそう。
あたしが気にしてるのは杞憂だろうか。でも先輩たちのあの心配ようを見ると気にしすぎとも思えない。
「財前の中学時代?」
「はい」
どうしても気になって誰かに聞いてみようと思ってた矢先、部長と職員室付近で遭遇した。
担任に呼び出されたことへのイライラも吹き飛んだ。
「あー…名字さんちょお時間ある?」
コクリと頷く。あたしの時間よりむしろ部長の時間があるのかって話なんだけど。
「ほな場所変えよか」
にこりと笑って歩き出した。黙って部長についていくとそこは保健室。ドアに出張中と貼り紙がしてあるのに部長はそんなもの見えていないかのように鍵を開けて入ってしまう。
そういえば部長は保健委員って財前が言ってた。だから鍵持ってるのかな。
「あ、話の前にこの前はごめんな」
「あぁ、いや別に。財前と仲直りしたからいいです」
別に喧嘩してたわけでもないけれど。あたしが勝手に無視を決め込んでいただけだし。
一人に戻ろうとしたけど結局無理なんだ。あたしはやっぱり財前が好きで、近くにいたいと思うから。
もう後戻りはできない。でも今は付き合えない。財前に話したことは全部本当だけど核心には触れていない。
それを言ったら財前が離れて行くかもしれないから。自分から離れようとしたくせにそれだけは嫌なんて矛盾してるな。
「うん、せやけど俺が疑った理由は財前の過去にあるんや」
「過去…」
財前はいったいどんなに酷い中学時代を過ごしたんだろう。
本当は他人に聞いていいことじゃないし、あたしも本人が言うまで待つつもりだった。でも知らないうちに財前を傷つけたりしたくないから。
「言うとくけど詳しくは俺からは話せへん」
部長は近くにあった椅子に腰掛ける。それに倣ってあたしも部長の前にあった椅子に座った。
「名字さんは財前のこと好きやろ?」
「…はい」
「財前も名字さんを好き、やと思う」
告白されたって言わなくてもいいだろうか。
あたしたちはもうお互いの気持ちを知ってる。でもあたしが知らないという前提で部長は話すからあえて財前の気持ちをはっきり言わない。
本当は確信を持ってる筈だ。
「せやけど正直俺はまだ付き合わんといて欲しい」
「え?」
「あいつはまだ誰かと付き合える状態やない」
まだ付き合えないのはあたしのせいばかりだと思ってた。どうしても言えないことがあたしにあるから。
でも部長は財前が付き合える状態じゃないって言った。それはいったいどういうことなの。
「財前はまだ守れない。今付き合っても確実に二人とも傷つく」
「守れない…何をですか」
「…堪忍。これ以上は言えへん」
部長は困ったような顔をしてキュッと口を結んだ。
部員思いの部長のことだ、本当は何かしてあげたいんだろう。それでも自分がでしゃばるべきじゃないって見守ってる。
きっとそれは先輩たちみんなも。
「そろそろ戻ろか」
「はい」
立ち上がって保健室を出た。部長が鍵を閉めて来る前と同じ状態にする。
「混乱させてしもたよな。でも、財前から離れんといてやって」
あたしの頭をくしゃりと撫でた。それからふっと笑って手を離した。
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