テニス部の部室に来たは良いけれど、入る気がしなくてドアの前で止まる。


聞かれることなんて多分財前のことだ。それ以外にテニス部と接点ないし。


すごく入りたくないけど仕方ない、行くか。


大きく深呼吸をしてノックをした。それからすぐに出てきたのは謙也さん。



「おぉ、遅いで。早よ早よ」



あたしの腕を引いて部室の中に引き入れる。

部室内を見て唖然。


知ってる先輩はみんないる。部長だけじゃないのか。まるでリンチだっつーの。



「何ですか、こんな皆さん集まって」



敢えてわかりませんって顔をして冗談のように言った。

そうでもしないとこの場の空気に飲み込まれそうで。



「…名字さん。大事な話なんや」

「部長、それは本当にあたしに関係ありますか?あたし無駄な話はしたくありません」



部長を見上げて言い切って周りの先輩たちを見渡す。

みんな神妙な顔をしてるからこっちまで真面目な顔にならざるをえない。



「あぁ、俺も無駄話は嫌いや。だから単刀直入に聞くで」



部長はあたしに一歩近づいて見下ろす。その目は困惑の色を映していて、綺麗な顔は少し歪んでいる。



「財前に何をした?」



静かな部室で誰かがゴクリと唾を飲んだ音がした。


部長は何をしたか聞いた。何かしたのかじゃない。

つまりあたしが何かしたのに確信を持っている。部室にいる全員の視線を受けながら小さく息を吐いた。



「何も」

「ほんまに?」

「ええ、本当に何も。メールも電話も。あ、強いて言うなら無視しました」

「…そうか」



ほっとしたように笑ってあたしの頭を撫でた。

意味がわからないけれど、他の先輩たちもさっきの緊迫した空気はない。


あたしどんだけ酷いことしたと思われてたんだ。



「それだけですか?もういいですか?」

「名字」



話し手が部長から謙也さんにバトンタッチした。やっぱり真剣な眼差しであたしを見る。



「何で無視したんや」

「別に」



これ以上近づきたくない、なんて言ってもここにいる誰も理解してはくれないだろう。



「財前、このままやとレギュラーから外れんで」

「は?」

「最近ずっとや。ミスが目立つ。俺中学からダブルス組んどるけど相当酷い」



それがあたしに何の関係があるの。


財前がテニス好きなのは知ってる。頑張ってるのも知ってる。授業はサボっても部活だけは決してサボらない。

でもそれらを知ってるからってあたしには、関係のないことだ。



「光くんね、天才って言われてきたんよ」

「アイツがスランプとか聞いたことないわ」



だから、あたしには関係ない。

財前がレギュラーから外れたってあたしには何の影響もない。



「どんなに辛くても財前はんはテニスに影響が出たことはなかった」

「だから俺は中学で財前に部長を任せた。その財前が今はテニスさえもできなくなっとる。これがどういう意味か名字さんにわかるか?」



わからない。


あたしには関係ないって言ってるじゃない。何でそんなことあたしに言うの。わけがわからない。この先輩たちは何がしたいの。あたしにどうしろって言うの。


早く一人に戻りたいのに。


なんで財前のことなんて話すんだ。

もう想わないって決めて冬休みを過ごしたあたしをこんなに簡単に崩さないでよ。



−61−


戻る