財前がお風呂から出てきて、視聴覚室にいるときみたいに暫くは他愛ない話をしてた。
今まで知らなかった財前の部活の先輩の話もしてくれた。同じことを共有できたのが嬉しくて、なんだか優しい気持ちになる。
好きってすごい。無条件に幸せになる。ただ同じ空間にいるだけなのに。
「てかやっぱ着替え持ってんじゃん」
「はっ、当たり前やろ。部活しに行ったんやから予備の着替えくらい持っとるわ」
馬鹿にしたように笑うけど、着替えないから泊めろって言ったの君だからね。
そんなすぐバレる嘘ついでまで一緒にいてくれるんだ。何でだろう。財前には何の得もないし、寧ろ害なんじゃないか。
あたしは財前が嫌いな、女なのに。
「………」
「おい、どないした?」
「……別に。眠くなっただけ」
女、じゃないか。
財前にとってあたしは女じゃないんだ。でもだからってあたしにはどうしようもないしどうもしない。
今の距離感は好きだから。だから適当に誤魔化して悟られないようにする。それが最善だ。
財前は一度呆れたように笑ってあたしの頭を撫でた。それからおやすみと言われた。
「おや、すみ?」
「寝るんちゃうんか」
「だって財前どこで寝るの」
「ここ」
財前は今座るソファーを指差した。こんな真冬に寒いだろう。
「風邪ひく」
「ひかんわ」
即答されて寝室に押し込まれた。
部活大事なのに風邪なんかひいたらまずいんじゃないか。でも多分財前の性格上何を言ってもあそこで寝る。
あいつは意外と頑固だ。面倒なことは丸投げのくせに自分が決めたことは例え先輩にだって譲らない。
それが毒舌で生意気な財前を作ってる。最初はテニス部の先輩たちの心が相当広いなんて思ってたけど、あの人たちは財前をちゃんと理解してるから怒らないんだと思う。
「大丈夫かね。風邪ひかないといいけど」
独り言を呟いて仕方なくあたしは自分のベッドに入る。目を瞑るけど眠れない。元々眠かったわけじゃないし。
あんなふうに本人の前で勝手に落ち込んだりして馬鹿みたいだ。女として扱われなくたっていいのに。
こうやって近くでいられるだけで今までにない幸福感が得られるんだから。
誰にも必要とされなくて固く閉じた殻からあたしを引っ張り出そうとしてくれる。それはただの気まぐれかもしれないし、財前は誰にでもそうするのかもしれないけど。
それでもあたしはここにいていいんだって思えるから。
もし明日の朝になって財前が帰っていてもあたしは何も思わない。
今日来てくれたのがたまたまだって言い聞かせれば済むことだ。そしてまた元に戻ればいい。
「…ふっ…うぅ……く…」
何でよ。そう思ってるのは本当なのに。それなのに涙が出てくるのは何でなんだ。
止まらない。声が出る程泣くなんておかしい。
さっきもいっぱい泣いたのに。こんなに情緒不安定になるのは夜だからか。
声を出したらダメだ。隣の部屋にいる財前に聴こえてしまう。
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