帰ってと言っても帰ろうとしない財前。
あたしたち二人は玄関で向き合ったままだ。
そのままどれくらいいたんだろう。
ほんの二、三分かもしれないし、もっと長い時間かもしれない。ただあたしは財前にどうやって帰ってもらうかをひたすら考えてた。
早く一人にならないとまずい。
そうあたしの頭の中で警報が鳴る。
「なぁ」
短いとも長いともわからない沈黙を破ったのは財前だった。でもあたしは財前の顔を見ないように上を向かない。
顔を見たら、多分泣くと思うから。
人前で泣かないって決めていてもたまには涙が出る。そういう時は家に籠もって誰にも会わないのが定石だ。
なのに今は財前が家にいる。
「こっち向けや」
「やだ。早く帰ってよ」
一人が寂しいのには慣れた。生まれてからずっと寂しかったから。
でも楽しい後に寂しいは慣れない。
寂しさが倍増するのがわかってたから、今まで極力楽しいを避けてきた。
「名字」
名前を呼ばれたのと同時に財前の左腕が伸びてくる。気がついて避けようと思った時には遅かった。
「ざ、ざい…」
「堪忍」
あたしは財前の左腕に頭を抱えられるようにして引き寄せられた。
そんなに低いわけじゃないあたしより頭一個分くらい背が高い財前の胸に、あたしの顔が当たる。
状況がわからなくて慌てる自分がいて。でも冷静な自分はこいつ何センチあるのって突っ込みを入れる。
「な、なに、してんの…」
やっと出てきた言葉はそれだけだった。
財前の胸を押して離れようとするも力では勝てずびくともしない。あたしの問いかけも無視してただ黙ってその状態を維持している。
女に触れられない筈なのに、何であたしなんか抱きしめてんの。それともやっぱり財前の中では女っていう枠にあたしはいないのか。
「一人で、泣くな」
財前の声がぽつりと頭上から聞こえる。
気づいてた。あたしが泣きそうなこと、気づいてた。
何でよ。さっき普通にここで別れたのに。泣きそうなんて様子微塵も見せなかったのに。電話だって普通にしようとしたのに。
「俺がいたる」
「…」
「言うたやろ。一人にさせへん」
その言葉で堰を切ったように涙が溢れ出す。自分でも気づかないうちにいっぱい我慢してた分が全部。
泣けないんじゃなくて、泣きたくなかったんだ。
自分でこの状況を、家族も友達もいない状況を作ったのに、寂しいとか思いたくなかったから。必死で偽ってた。虚勢を張って強がってた。
「……うぅっ…っく……」
「泣いてええから。我慢すんな」
財前の腕の中にすっぽり収まってしゃくりをあげる。涙が止まんなくて、自分がどれだけ我慢してたのかを思い知った。
「…“名前”」
あたしは財前のジャージの胸の辺りを握って泣き続けた。
財前は黙ってあたしの背中を右手でさすってくれていた。
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